ゴールィキーパーク 目次
政治体制と職業意識
原題について
見どころ
あらすじ
旧ソ連での刑事政策(犯罪理論)の変遷
  古典的刑法理論
  マルクシズムからの批判
  ソ連の古典的犯罪理論
  抑圧体制と政治犯罪
公園の惨殺死体
捜査線上に浮かんだ面々
検死解剖
女性の顔面の修復
事件捜査への闖入者
イリーナとアルカーディ
3人の被害者
ゴロドキンの悲劇
イリーナの危機
闇のネットワーク
最終決着
  
◆ゴールィキーパークへのオマージュ◆
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イリーナとアルカーディ

  さて、3人の被害者はスケイト靴を履いたままだった。女性の履いていたスケイト靴はイリーナのもので、2月に盗難届けが出されていた。警察の記録でそれを知ったアルカーディは、その美しい女性の職場を訪ねた。

■イリーナ・アサノーヴァ■
  イリーナはもともとはモスクワ大学法学部の学生だった。だが、ある日、学生食堂でソ連のレジームへの不満と不信を口にしたのをKGBの協力者である学生に聞かれて密告されたため、大学当局から退学処分にされてしまった。
  集団主義的社会で、シベリア出身の孤独な若い女性が、帰属する団体から放り出されてしまった。エリートへの道ばかりか、生活するのも大変になってしまった。それで、仕方なくモスフィルムの衣装係助手をして、どうにか生計を立てていた。
  映画では、退学になった経緯をこのようにしか描いていない。だが、エリート大学を放逐されるにしては、軽すぎる罪だ。学生=若者は、レジームに批判的になりがちだから。
  だが、原作ではこうなっている。

  イリーナの父(インテリ技師)は反体制活動の罪に問われてシベリアへの流刑に処された。流刑地でも絶えず監視されていた。そして、娘のイリーナも要注意人物として扱われていた。
  頭脳は明晰だった彼女は、シベリアから脱出するために、モスクワ大学に入った。だが、目をつけられていたために、軽い罪で退学処分を食らってしまった。
  ゆえに、イリーナは、こういう抑圧的なレジームに辟易していた。それで、密かに国外脱出の方途を求めていた。その彼女がたまたま、アメリカ人の富裕な貿易商、オズボーンと知り合い、亡命の手助けを頼むという関係になった。
  そのわずかなチャンスへのきっかけとなるオズボーンに殺人容疑をかぶせて、捜査しているアルカーディには、強く反発した。ソ連レジームへの反感・嫌悪(それゆえまた警察への反感)を、それとなく、だが強く示した。
  そして、親友のヴァレーリャは、オズボーンの支援を受けて亡命に成功して、今頃はニューヨークかパリ、あるいロンドンにでも生活している、と信じていた。いや、そう信じたかった。


■アルカーディ・レンコ■
  さて、モスクワ人民警察殺人課の切れ者捜査官、アルカーディは、戦争の英雄だったが失脚させられた将軍の息子だった。複雑な立場だ。
  スターリン体制では、父はエリート軍人として活躍していた。だが、家庭を顧みず仕事に没頭したため、家庭は崩壊した。母は自殺してしまった。世の中の仕組みも人も理不尽なものだと痛切に感じた。

  母の死と父親の失脚をつぶさに見て育ったアルカーディは、党や国家組織の内部での出世競争とか権力闘争には嫌悪感を抱くようになった。もちろん、もとエリートの息子として党員だったが、党の公式の集会には参加することはない。
  そして、KGBなどの国家権力組織が、市民の生活・生命を冤罪で押し潰す多くの場面を見てきた。KGBは無理やり反逆者をつくり出し、見せしめのように糾問したがる。また、密告が自分の党の価値観への忠誠度を示す指標となるから、競争相手を蹴落とすために密告をすることも多いから。
  党は、もはや革命政党ではなく、不公平・不均等な利権の誘導や分配を組織する仕組みに変貌して久しかった。つまりは、党が腐敗や権力乱用の温床となっているわけだ。人びとは、より巧妙に立ち回り、貧しい消費水準から一歩でも「上に逃れる」ために、党組織を利用する。

  アルカーディは、そういう行動スタイルが取れなかった。
  そういうアルカーディにとって、捜査官の職務は、国家権力の行使というよりも、真実の追究の仕事だった。だが、殺人事件は、激情や低次元の欲得が引き起こす悲劇である場合がほとんどだった。
  そんなアルカーディは、イリーナに強く惹かれるものがあった。
  「見果てぬ夢」を追って必死に生きている姿。自分が属している社会の仕組み(レジーム)には絶望しながらも、自分らしく生きることができる場所を求めている姿。それが、彼女の美貌を引き立てていた。
  容疑者を追い詰める証言を拒否しているイリーナだが、アルカーディは何かと理由を見つけては会いたいと思っていた。

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