ところで、この事件捜査には、とんでもない闖入者が出現する。
ニューヨーク市警の警部補のウィリアム・パトリック・カーウィルだ。
捜査を始めてから日の浅いある夕方、アルカーディはゴールィキー公園の死体発見現場を訪れた。事件を殺人者の側から眺めてみようと思ってのことだった。
あの日、3人は連れ立って公演内のスケイトリンクでスケイトを楽しんでいた。夕方近く、彼らは隣の林のなかに入り込んだ。そこには、殺人者が待ち構えていて、3人を迎えた。彼らは顔見知りというよりも、かなり昵懇の付き合いがあったのだろう。だから、3人は、その人物と会って笑顔で言葉を交わしたのだろう。
そのとき突然、その人物は3人を次々と銃撃した…。
だが、近くのスケイトリンクには多数の人びとがいた。銃声に気がつかなかったのか。銃声をかき消す大音響があったとすれば…。あったのだ。
リンクで音楽を担当している老婆は、ひどい難聴で、いつもレコードをかけて、それをスピーカの最大限のヴォリュームでリンクに流していたのだ。とくに、チャイコフスキーの、あの大砲の実射音を入れた曲を流していたとなれば…。
それでも、まだ不明な点がある。銃を見たら最初の犠牲者はともかく、ほかの2人はすぐに逃げ出すはずではないか…。
なにか見逃した点はないか。そんなことを考えながら、林に近づいたアルカーディは、林のなかに逃げ込むように消えた人影を見た。そのあとを追いかけた。
相手は気がつき、逃げ出した。アルカーディは息が上がるほど追いかけて、やっと追いついた。殴り合いになり、叩きのめされた。それでも、立ち上がり、近くを走る鉄道の近くで追いついた。だが、ふたたび殴り倒された。
その男は、ニューヨーク市警のW.パトリック・カーウィルで、ジェイムズ・カーウィルの兄だった。モスクワで行方を絶ったらしい弟の消息を調べにやってきたのだ。
彼の弟は、キリスト教の過激な新興教団に入っていた。そして、ソ連の抑圧レジームのもとで苦しむ人びとを「自由な世界」に逃亡させることを神から与えられた使命と考え、モスクワ大学に留学した。今回は、密入国して亡命ルートを開拓しようとしていたらしい。
そこまでつかんだウィリアム・パトリックは、ソ連当局に亡命幇助を察知されて、殺されたのではないかと見ていた。それで、ゴールィキー公園の3人の殺害被害者のうちの1人が、弟ではないかと考えた。で、調査に来ていた。
そこで、自分を追跡する官憲らしい男(アルカーディ)から逃げたのだった。ウィリアムは、アルカーディをKGBだと勘違いしたのだ。
その数日後、アルカーディは尾行されていることに気がついた。ウィリアムだった。そこで、巧妙に尾行者を巻いて、その宿泊先を突き止めて、部屋に入り込んだ。部屋に忍び込んで、荷物を調べると、その男ウィリアムは、ニューヨーク市警の警部補であることが判明。武器(簡易変形銃)も持っていた。
そこにウィリアムが戻ってきた。アルカーディは、銃を手にして、相手を押さえつけて事情を問いただした。ウィリアムは、ジェイムズが3人の被害者の1人であるらしいことを告げた。
弟の殺害事件を調べるつもりらしいウィリアムに対して、レンコは情報を得たければ協力しようと申し入れた。
だが、険悪に反発されて、仕方なく、部屋を出ていった。