この映画で描かれた銀行強盗事件の伏線と発端は、70年前のドイツにあった。
1933年ドイツでは総選挙の結果、国民社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)が第一党となって過半数の議席を獲得した。党首ヒトラーがドイツ宰相となって政権を掌握した。その年のうちにほかの政党の活動を禁止・解散させ、一党独裁レジームを固める。
やがてすさまじいユダヤ人狩り(迫害)を繰り広げた。はじめは国外追放によって、やがては収容所に送って残された資産を没収した。ナチス政権はユダヤ人狩りのなかで没収したユダヤ人の資産のかなりの部分をスイス銀行連盟の秘密口座に預託した。ところが、第2次世界戦争の終結によるナチス政権の崩壊とともにユダヤ人資産の秘密口座預託をめぐる秘密は、闇の奥に封じ込められてしまった。
一方、ナチスによる迫害や戦争によるリスクから資産を守るために、スイス銀行に秘密口座を設けて資産を預けるユダヤ人も数多くいた。彼らの預金の多くは、ナチスによってドイツ国内はもとより、東欧諸国、ベルギー、ネーデルラントなど在住の多数のユダヤ人が収容所に送られ虐殺された。
秘密口座に隠された巨額の金融資産は、所有者不在のままスイス銀行連盟に手元に残ることになった。この巨額の資産はそのままスイス銀行連盟の金融資金となった――スイス銀行連盟のナチス政権への協力についての責任を問われることもなく。
主戦場となって荒廃したヨーロッパの国際金融システムは崩壊していた。戦後の金融システムの再建過程で、この金融資産はスイス銀行連盟の地位と金融能力を飛躍的に高めるために役だった。
ところがやがて、ナチス・ドイツの戦争犯罪の解明の動きが進み、迫害されたユダヤ人への補償問題が浮上すると、ナチス政権によって奪われた資産の返還が課題となり、スイス銀行連盟とユダヤ人団体のあいだで大きな論争・紛争となった。
ことは国際金融で相当の力を持つスイス銀行連盟の責任と信用問題にかかわるだけに、ブリテンの有力銀行を中心に組織された国際金融団が介入して双方の妥協を引き出し、責任・補償問題を公式上は解決に持ち込んだ。
とはいえ、解決の時期までに、被害を訴えていた多くのユダヤ人が死亡していたり、没収被害の証拠が確定できない事案もあったりして、実際に返還・補償された額は被害総額のうちのわずかな部分にすぎないという観測もある。
この映画作品の物語の背景には、以上の問題が横たわっている。
映画の原題は Inside Man で、物語の展開に即して訳せば「内部の男/内部に潜んでいる人物」となる。だが、背景となるナチスのユダヤ人狩り・財産没収という問題を考えてもっと穿った見方をすると「内情=秘密を知る人物」ということになる。
見どころ
これは、警察の捜査によっては襲撃の目的がついに明らかにされず、容疑者の見当もつかなかった銀行強盗事件の物語である。
襲撃者たちは銃で武装して荒々しく銀行に侵入し、内部にいた銀行員と客を人質にして立てこもった。強盗団と警察との交渉やら駆け引きののち、タイムリミットが来てSWATが突入しようとした。ところがそのとき、催涙弾や発光弾が炸裂したところに人質たちが我勝ちに逃げ惑って。大混乱が生じた。そのなかで結局、容疑者は跡形もなく消えてしまった。
つまり、襲撃犯人たちは逃げ惑う人質たちのなかに完全に紛れ込んでしまって、容疑者の特定は不可能になってしまった。
ところが奇妙なことに、銀行の金庫からは1ドルの現金すら奪われなかった。ではいったい、強盗団は何を目的として銀行を襲撃したのか。
ところで、被害にあった信託銀行の会長には、ナチスのホロコウスト犯罪に協力してユダヤ人たちから没収した資産を横領したという「闇の過去」があった。しかもあろうことか、その証拠となる書類――当時のナチス党員の身分証――と宝石をその銀行支店の貸金庫に隠匿しておいたのだ。
会長はその証拠物件を強盗団から守るために、やり手の弁護士を雇い、政治的影響力を行使して、警察や市長を動かそうと画策する。
強盗団の目的は、その「闇の過去」の証拠を奪うことだった。
では、強盗団は頭取から雇われたのか。それとも、頭取の弱みを握って脅すために、襲撃したのか。そして、なぜ深く秘匿された秘密を知りえたのか。そもそも会長は、なぜそれほど危険な書類をいつまでも(焼却せずに)保存し続けたのか。
結局、これらの疑問への答えは物語のなかでは示されることはない。暗示すらないように見える。そうなると、私たち視聴者自身が――好き勝手に――これらの疑問を考えていくしかない。
それにしても、意外で巧みなプロットの作品である。
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