こうして、ニュウヨーク市警察局 NYPD としては、いち早くほとぼりを冷まして、事件捜査を「完了」させようとした。
だが、フレイジャーは事件の真相を解明したいと思っていた。市長から手柄と引き換えに昇進を「約束」されたこともあって、何か「手柄」をあげたいと意気込んだ。もちろん、犯罪捜査官としての嗅覚が、脳裏で気になる疑念を発しているせいもあった。
「裏には何かある」と。
というわけで、1週間ほど粘って現場=銀行の捜査や人質の尋問記録の精査をおこなった。
フレイジャーの執拗な捜査継続は、市政装置の1部門としての――市長がつかさどる行政機関であるがゆえに政治的権力闘争や駆け引きの場――としてのNYPDとしては、ありがた迷惑だった。各方面からフレイジャーに圧力がかけられていった。
有能な捜査官としてのフレイジャーの存在価値を認めたマデリーンは、アーサー・ケイスの過去の秘密がからんでいることを匂わせて、手を引くようにアドヴァイスした。
とどめは、市長の昇進をめぐる譲歩だった。
「事件に幕を引いてくれれば、昇進させてやろう」という提案だった。
こうして、1週間後、フレイジャーは捜査終了の手続きとして銀行内部の「犯罪現場の保全のための封鎖」を解くために銀行内に立ち入った。行内には、まだ警察の捜査員やら科学研究所員やら、散らかった書類の整理のための銀行職員たちやらが動いていた。
■ダルトン、堂々と銀行を出る■
フレイジャーが銀行に近づく頃合い、銀行の地下室の備品室の壁の一部が崩れた。
強盗団が備品室の壁を二重化して、2つの壁の隙間にダルトン・ラッセルが何日下生活できるような空間をつくっておいたのだ。その部屋の穴は、隙間からパイプで結ばれる「排便用設備」のためのものだった。
ダルトンは、壁越しに銀行内の動きを観察しながら、警察による封鎖が解かれつつあることを知った。そこで、壁を外して外に出てきた。
ダルトンは、地上階と地下とを結ぶ階段でフレイジャーとすれ違った。あやうく鉢合わせするところで、2人とも足を止めて避け合った。フレイジャーは、警察の鑑識係かと思って、すれ違った男にさしたる注意を払わなかった。
ダルトンは籠城の最中――そのときは覆面をしていたが――、人質の安全確認のために入り込んできたフレイジャーに「俺は、堂々と銀行の玄関から出ていくさ」と断言したが、そのとおりになった。
いずれにせよ、手に余る多数の事件を抱えるNYPDは、被害者からの被害届と告訴・告発が提出されていない、この奇妙な銀行強盗事件を捜査任務から抹消した。法律上は、事件はなかったことになった。
■ダルトンが仕かけた手がかり■
いささか割り切れない思いで事件から手を引き、休暇を取ったフレイジャーは恋人の家にしけ込んだ。
ところが、恋人と愛を交わすために服を脱いでいるときに、背広のポケットに何かがあるのに気づいた。ダイアモンドだった。
フレイジャーとしてはまたく知らないことだが、それはナチスのユダヤ人狩りで奪い取られた資産の一欠片としての大粒のダイアモンドの指輪だった。なぜ、いつこんなものが紛れ込んだんのだか?
そういえば、銀行の地下に向かう階段で1人の男とすれ違った。フレイジャーの脳裏にの瞬間の記憶がよみがえった。鉢合わせしそうになって、わずかに服が触れた。あのとき、その男はフレイジャーのポケットにダイアを放り込んだのだ。
「あの野郎!……だが、これは何を意味するのか?
何かの合図、暗示を投げてよこしたのだ」
フレイジャーは、あの強盗事件の背後に潜む謎に頭をめぐらせて考え続けた。だが、市長が約束した昇進が実現した今は、背後関係の捜査は取りやめにすることにした。当分は……。
そのとき、フレイジャーは考えた。
アーサーが自分の秘密の証拠を盗み出すために強盗団を雇ったのではないかと。
だが、その見込みは違うようだ。最終シーンで、銀行内でフレイジャーとすれ違った直後からのダルトンの動きが描かれる。
銀行から出てきたダルトンは、迎えに来た仲間たちの車に乗り込んだ。そこで仲間たちと言葉を交わす。
しかし、彼らの態度や会話を見る限り、少なくとも彼らはアーサーに雇われたのではないようだ。もし雇われたとするなら、雇い主はその昔、ナチスによって財産を奪われたユダヤ人でアーサーの横領を知る者ということになるだろう。
こうして、いくつもの「?」を残しながら、この映画は終わる。