アーサーの過去に秘密とは、1930年代前半から第2次世界戦争の時代にナチスのユダヤ人狩りに協力したことだった。
野心というよりも強欲に燃えていた青年アーサーは主戦場となったヨーロッパで戦乱と混乱をチャンスにして蓄財する機会を求めていた。そして、ナチスドイツ政府――直接の担い手は国家秘密警察隊 Gestapo――がドイツ本国はもとより征服占領した東欧やフランスなどでユダヤ人狩りによって没収したユダヤ人の財産(財宝や貨幣、有価証券)をドイツに送り、あるいはスイス銀行連盟の匿名口座に集積・秘匿する作戦に協力することになった。
ナチス党に自ら進んで加盟し、巨額の報酬によって良心を売り渡したのだ。
そして、連合軍に追い詰められてナチス軍事政権が崩壊していくときに、アーサーは混乱に乗じて、ナチスがかき集めた莫大な財宝・現金の一部をこっそり持ち出してアメリカに戻ってマンハッタン信託銀行設立の基金とした。
ところが彼は、その時代の身分証と高価な宝石を信託銀行のある支店の貸金庫に秘匿し、そのまま半世紀以上が経過した。宝石はともかく、ナチス協力者時代の身分証というような危険な証拠書類をなぜそのまま保管し続けたのだろうか。焼却してしまえば、何の後腐れもないのに。
アーサーの内面については、この作品はほとんど描き出さないので、その理由は最後まで解明されることはない。答えを見つけるのは、私たち観客の課題なのかもしれない。
ここでは、映画の物語を追いかけて事件の顛末を見た後に、ナチスのユダヤ人狩りによる財産収奪=強奪の実態とスイス銀行連盟とのかかわりについて検討するとともに、最後にこの疑問の解明を試みることにする。
さて、フレイジャーのもとに強盗団のボスから電話が入った。交渉経路が成立した。
ボスは、人質と強盗団全員に「食事と飲み物を」与えるように要求してきた。警察は、大きな箱に入ったピザ40人前と飲み物を供与することにした。大きなピザの箱には、隠しマイクを仕込んで。
ピザと飲み物を銀行の玄関ドアまで運ぶと犯人たちは、それらを内部に受け入れて人質全員に配給した。
しばらくして、強盗団はピザの箱と飲み物の箱を返してきた。箱には、厚ボール紙に書かれた強盗団の要求メッセイジが入っていたが、盗聴マイクはそのまま銀行内部に残された。こうして、銀行内部の音声情報が警察によって把握されることになった。
で、そのマイクが拾った音声は、何者かの演説口調の話し声だった。スラブ語族の言葉らしいが、警察の関係者の誰にも何語か不明だった。フレイジャーはどうにかこうにか言葉を聞き分けられる人物を探して、その話し声がアルバニア語で、音声はかつてのアルバニア労働党(共産党)のホッジャ党首の演説の録音であることが判明した。20年も前に崩壊した政権のアジテイション演説だった。
強盗団に完全にしてやられたのだ。