強盗団に威嚇された警官はただちに無線で市警本部に報告した。市警本部はジョン・ダリウス警部(ウィレム・デフォー)が指揮するSWATを現場に派遣した。そして、事件全体の統括官にはキース・フレイジャー(デンゼル・ワシントン)を任命した。
このときフレイジャーは、麻薬囮捜査で密売団を吊り上げるための餌として用意された10万ドルの小切手が紛失した責任を問われて謹慎中だった――内部監察課の取調べを受けていた。だが、彼のほかに捜査陣の指揮官として現場に派遣できる腕利きの刑事がいなかったため、彼が選ばれたのだ。そして、フレイジャーの補佐としてビル・ミッチェル刑事がつけられた。
上司としてダリウスは、フレイジャーに名誉挽回のチャンスを与えたつもりだった。
フレイジャーが現場に到着したときには、ダリウス警部の指示で、信託銀行の向かい側のビル群の屋上や屋外階段にはSWAT(特殊武装急襲班)の狙撃要員が配置されていた。そして、銀行を遠巻きにした車列の背後には20名以上の突入部隊が配備されていた。
フレイジャーは人質の安全を優先するために、襲撃者側からの連絡を待つことにした。
■意表をついた連絡方法■
ところが、強盗団は意表をついた、あるいは人を食ったような連絡方法を取った。
人質のなかに、心臓疾患の初老の男がいた。強いショックを受けると呼吸発作を起こすのだ。強盗団は、その男を解放することで、外部=警察への意思表示をおこなった。
ドアから外に放り出された初老の男は警官隊に保護され、医師の検査を受けたのち、警察に事件の様子や銀行内部の状況を供述した。
数人の一団に襲われてジャンプスーツへの着替えを強要されたこと。一味には女性がいるらしいこと。犯人たちは。現金を強奪すると目的を語っていたこと。人質の人数は混乱していて正確にはわからないが、数十人(30〜40人)くらいであろうこと。人質全員が鍵や携帯電話を奪われたことなど、を。
フレイジャーは警察側から強盗団に対して連絡を試みることにした。
だが、銀行内に電話をかけたが、呼び出し音が鳴り響き続けても、反応がなかった。数時間が過ぎた。そして、ようやく犯人側が要求を提示した。ところが、本気とも思えない、バカげた要求だった。
「空港にジャンボ機を用意しろ。それに空港までの大型バス。人質全員を連れて飛行機脱出するためだ」という要求だった。
彼らは本気なのか。それとも、警察の出方を見るためか。フレイジャーは迷った。
マンハッタン信託銀行グループ(持ち株会社を中核とするコンツェルン)の会長――日本では経営陣のなかで「会長」という地位は曖昧だが、アメリカでは取締役会の議長である――アーサー・ケイスは、事件をテレヴィ中継報道で知った。
銀行襲撃の速報を見て愕然とした。だが、犯人の狙いは現金強奪らしいという報道を聞いて、暗く沈んでいた面持ちがいくらか緩んだ。
それでも、何やら大きな鬱屈を抱えている表情だ。それは、自分が経営トップとして支配する銀行が襲撃されたということ以上のショックを受けたことを物語るものだった。経済的・金融的損害についてなら、銀行強盗による被害の想定額の最大限度まで保険をかけてあるのだ。
彼はマデリーン・ホワイトの法律事務所に電話を入れた。マデリーンはやり手中のやり手で、女性ながら鉄面皮の神経と破壊的な攻撃性で名高い女性弁護士だ。用件は、今回の事件で予想されるリスクを回避するために相談したいというのだ。
アーサーは、人気のない運河の畔で面談と打ち合わせをする段取りをつけた。つまり、有力な銀行家がやり手弁護士を雇ったことも知られず、話を誰にも聞かれない場所を設定したのだ。
埠頭でマデリーンと会ったアーサーは、依頼用件を告げた。
53番支店の貸金庫に自分の立場を危険にさらすかもしれない資料を保管してある
今度の強盗事件でひょっとしたらその資料が持ち出される危険がないとはいえない
そのリスクを回避するために、市長に圧力をかけて強盗事件をめぐる市警の活動に介入してほしい……ろいうものだった。
もちろん、資料の内容については知らせなかった。辣腕やり手の弁護士に自分の弱みを握らせるわけにはいかないということだ。もちろん、この女性敏腕弁護士をあくまで自己防衛の「道具」として――場合によっては捨て駒として――使う腹積もりだからだろう。