インサイドマン 目次
奇妙な銀行強盗
見どころ
あらすじ
いく人ものスティーヴ
ニュウヨーク市警察局
銀行会長アーサー・ケイス
闇の過去
警察と強盗団との駆け引き
強盗団の奇妙な行動
やり手弁護士の介入
フレイジャーの挑戦
大混乱に消えた強盗団
捜査の幕引きと疑念
ユダヤ人狩りとスイス銀行
なぜ、資料を秘匿保管し続けたのか
ユダヤ人団体の返還要求
ロスチャイルドの転身
強盗団は誰のために動いたのか
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炎のランナー
諜報機関の物語
ボーン・アイデンティティ
コンドル

■ユダヤ人狩りとスイス銀行■

  それでは、手始めにマンハッタン信託銀行グループ会長、アーサー・ケイスがかかわったナチスのユダヤ人狩り=財産没収というできごとから考察してみよう。

  ところで、一般に「スイス銀行」と呼ばれるのはスイス連邦銀行法によって金融業務を認められた、スイス連邦共和国内に経営本拠をもつ銀行群のことだ。単一の銀行ではない。
  この地域での銀行家(貸金業者・両替商)の経営活動は中世以来の歴史をもっていて、連邦銀行法が制定されるはるか以前から、銀行家たちは同業組合(ギルド)=連盟を結成してきた。スイスの国家よりも長い歴史をもつ連盟の実態は謎だらけだ。銀行連盟は外国政府や国外の競争相手に対して加盟銀行の利益を守るためには、あたかも単一の組織であるかのように結束して対応していた。
  ともあれ、第2次世界戦争後には、金融機関の間の国際的競争が激化したため、スイスの小さな銀行(銀行家の経営体)は、連邦銀行法による規制や監督を受けながら合併や統合を繰り返して、今では世界的に金融業務を展開する少数の大規模な銀行――UBSやクレディ・スイス、そのほかのプライヴェイト・バンク群――として生き残っている。

  さて1933年に政権を握った国民社会主義ドイツ労働者党は、ゲシュタポを駆使してドイツ人社会の統制しユダヤ人の迫害を系統的に組織した。ユダヤ人狩りは、国家財政(とナチスの幹部の懐)を潤すための財産収奪をともなっていた。
  そのうち、スイス銀行連盟とかかわる事件はこうだった。

  ナチスは、スイス銀行連盟の加盟銀行――個人経営や家族経営の小さな銀行や両替商も入っていた――の多くに党員のスパイを何人も送り込んだ。
  一方、ゲシュタポは富裕な資産家のユダヤ人たちの周囲を執拗に嗅ぎ回った。そして、国外との高額の取引きをおこなったり、リスク回避のために国外に資産を分散させてあったりするような人びとを割り出した。そして、スイスの銀行に現金資産口座を設けているのが確実な家系を突き止めようとした。
  ナチスによる迫害を恐れてスイス銀行に匿名口座を設けて資産を逃避させるユダヤ人も続出した。だからゲシュタポによる摘発の網にかかるユダヤ人家系がかなり多かった。
  一方、ゲシュタポのスパイやエイジェントは、そういうユダヤ人の一族や友人、取引相手を装って、スイスの銀行にそういうユダヤ人名義の口座を設けて多額の現金を預けた。もちろん、銀行に潜り込ませたスパイによる調査も進めた。
  そうしておいて、くだんのユダヤ人家族の当主を、国外への違法送金や資産隠匿などの罪状で召喚し、スイスの銀行に連行して、ゲシュタポが偽装設定した口座やスパイが割り出した口座の名義と金額を指し示して追い詰め、本人出頭のもとで本当の口座を解約させて口座の資産を全部吐き出させた。そのうえで、家庭内やドイツ内にある彼らの家屋や資産をすっかり奪い取ってから、彼らを家族もろとも各地の強制収容所に送り込んだ。


  ゲシュタポが没収した資産は、ドイツ国家の財政に集積されたり、ナチスの有力党支部や幹部の手元に送金した。
  このユダヤ人迫害=財産没収の作戦は、1634年まで続いたと見られる。
  というのも、この年、スイス連邦共和国は、スイス銀行連盟が外部の敵や競争相手から連盟銀行の内部情報を守り抜くための秘密保護を講じた銀行法を制定したからだ。これによって、ナチスの介入・内偵を封じ、本人が立ち会ったうえでも「自由意志の表明」の手続きなしには口座の情報開示や解約を受け入れない制度にしたのだ。
  本人確認とその「自由な意思」の表示の方法を厳格な秘密のヴェイルに包みこんしまったのだ。
  スイス銀行連盟は、ナチスの思想や立場への批判や嫌悪感に導かれてナチスの介入を封じる制度を導入したわけではない。銀行連盟の内部情報の秘密をいかなる政府や公的機関からの介入や関与からもアンタッチャブルにするためだった。

  だから、ナチス・ドイツ政府や幹部が、軍需物資の買付けや資産隠しのためにスイス銀行連盟に現金資産を預け入れることは、従来どおり受け入れた。ゲーリングが貯め込んだ多額の個人資産を喜んで受け入れた話は、有名である。
  しかも、戦争後も、本人の自由意思が確認されないからということで、ニュールンベルク戦争犯罪裁判の法廷にも資料提出を拒否したし、ゲーリングの口座に隠された資産の返還にも応じていない。

  さて、アメリカ出身らしいアーサー・ケイスは、ナチス党員になったうえでスイス銀行連盟に勤務して、ユダヤ人口座の内偵や財産没収に協力したと思われる。ドイツ国家財政やナチス幹部や支部への送金(預け替え)などの業務にも協力したはずだ。
  そのさいアーサーは、破格の高額報酬を受け取っただけでなく、送金業務などのあいだに資産の「ちょろまかし」をしたのではないか。
  なにしろ、ナチス党やゲシュタポの幹部たちは自ら「ちょろまかし」や個人資産の貯め込み、さらには戦況が悪化すると、逃亡を計画して個人資産隠しのためにスイス銀行を利用したくらいなのだから。

  こうして迫害され収容所送りになったユダヤ人家族の誰かが持っていた宝石類も懐に入れてしまったのだろう。
  もちろん、その後も、ユダヤ人の資産没収に銀行員や金融手続きの専門家として、アーサーはナチスに協力したはずで、ナチスの旗色が悪くなると、貯め込んだ資産を手にアメリカに「凱旋帰国」したようだ。
  そして、戦争成金の1人のような振りをして、マンハッタン投資信託銀行を設立したということなのだろう。

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