インサイドマン 目次
奇妙な銀行強盗
見どころ
あらすじ
いく人ものスティーヴ
ニュウヨーク市警察局
銀行会長アーサー・ケイス
闇の過去
警察と強盗団との駆け引き
強盗団の奇妙な行動
やり手弁護士の介入
フレイジャーの挑戦
大混乱に消えた強盗団
捜査の幕引きと疑念
ユダヤ人狩りとスイス銀行
なぜ、資料を秘匿保管し続けたのか
ユダヤ人団体の返還要求
ロスチャイルドの転身
強盗団は誰のために動いたのか
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異端の挑戦
炎のランナー
諜報機関の物語
ボーン・アイデンティティ
コンドル

■ユダヤ人団体の返還要求■

  じつは戦争後、イスラエルが自立的な国民国家として確立されたこともあって、ホロコウストの犠牲になったユダヤ人の子孫や親戚縁者などから、またユダヤ人世界評議会、さらにはイスラエルの公的機関から、スイス銀行連盟に対して、ナチスの犠牲者のユダヤ人の銀行口座預金の返還要求が起こされた。
  スイス銀行連盟は、連邦銀行法を楯にして口座に関する情報開示を拒否し、それゆえまた口座の資産の返還をも拒絶した。「証拠となる情報なければ、請求権なし」ということになるというわけだ。
  事件は深刻な国際金融問題になり、アメリカではいくつもの訴訟が提起され、大スキャンダルに発展しかけた。
  だが、紛糾は巧妙な仕かけによって和解に持ち込まれ、やがて立ち消えとなった。

  犠牲者の口座預金額に見合う資産の返還のための基金が創設され、ホロコウスト犠牲者が口座保有者であったことを証明できる人びと――数が限られる――には、預金が基金をつうじて返還されるようになった。
  ナチスのホロコウストで命を失ったユダヤ人がスイス銀行に預託した資産の総額は――さまざまな推定額や返還要求額が提示されたが――だいたい現在価値で30億ドルと見積もられるという。スイス銀行側は、アメリカの司法機関やユダヤ人圧力団体に威圧される形で、1998年、その4割ほどの基金拠出=補償に応じた。
  この基金を創設するために巨額の資金を拠出のした団体のうち主力は、イングランドのロスチャイルド家門=銀行グループだという。そのほかにも、世界的な有力金融コンツェルンも基金創設に参加したらしい。世界金融の主要な連結環となっているスイス銀行が窮地に追い込まれるのを回避するためだったと思われる。

  してみれば、ロスチャイルドと国際的有力金融グループが、スイス銀行連盟の窮地を救ったということになる。そして、ユダヤ人団体、イスラエル政界の顔を立てたということだ。
  というよりも、スイス銀行法による連盟の預金者・利用者の情報の秘密性――非公開――を是が非でも擁護するために、ロスチャイルド家門と世界的な有力金融コンツェルンが手を差し伸べたということだ。
  ホロコウスト犠牲者のユダヤ人のある部分には返還補償をおこなったが、銀行連盟にある彼らの預金口座の情報はほぼ永遠に封じ込められたというわけだ。
ロスチャイルドは自己犠牲を払ったが、ユダヤ人たちの利益を守ったというわけではない。むしろ、ユダヤ人たちの正当な返還請求権の土台をそっくり奪い取ってしまったということになる。和解金の支払いと引き換えに。

  そこから見えてくるのは、ロスチャイルド家(世界手に有力な金融グループ)はユダヤ人のためではなく、自己の権益のためにスイス銀行の秘密の壁を守り通したということだ。
  なぜか。
  各国政府や金融当局、課税当局の監視の目を逃れて、自由に世界的に――国境の障壁を超えて――資産を送金したり運用したりする「自由」を確保するためであろう。利用しやすい経路としてのスイス銀行の仕組みを守ることで、そういう特権を守り抜いたのだ。スイス銀行法による内部情報保護の制度は、秘密の預金や資金操作・送金・資産運用を保証しているのだ。


◆アーサー・ケイスは何をつかんでいたのか◆
  さて、ここでアーサー・ケイスのスパイとしての立ち回り=経歴の意味が浮かび上がる。
  彼は、内偵活動によってスイス銀行連盟に眠る(ホロコウスト犠牲者)ユダヤ人口座に関する情報をつかんだはずだ。
  もしその情報を暴露すれば、封じ込められていた戦前・戦争中からのスキャンダルが一挙に吹き出るだろう。彼は、最強のカードを握っていることになる。そのカード(秘密情報)は、まさに彼がナチスの協力者としての経歴を持つという事実の証明書類によって、むしろ裏打ちされることになる。
  マンハッタン信託銀行グループは、いざというときにアーサーが握っているユダヤ人口座記録をチラつかせれば、スイス銀行連盟はもとより、有力な国際的大銀行の資金援助を要求できる(あてにできる)という筋立てになる。
  そのために、わざわざ危険な証拠資料を秘匿保管してきたのではないだろうか。

  以上が、私の好き勝手な推理である。

  ところで、ナチスによるユダヤ人迫害の時期にユダヤ系の人びとがドイツや東欧、西欧などの居住国から国外に資産を移すさい、口座を設けた金融機関はスイスの銀行に限らなかった。
  スイスと同等またはそれ以上に利用されたのがアメリカ合衆国の銀行で、それよりはかなり口座数は少ないが、ブリテンのロスチャイルドなどの「ユダヤ系と見なされた」金融機関にも多くの在欧ユダヤ人が預金口座を設けたという。
  ところが、戦争後に口座情報の開示と預金の返還が強く求められたのは、どういうわけかスイス銀行に限られていたようだ。とりわけアメリカの銀行は一致団結して、ホロコウスト期のユダヤ人の預金口座に関する情報の開示を厳然と拒否し続けてきた。
  なぜだろうか。アングロ=アメリカンの有力銀行がユダヤ人団体、遺族から口座記録の開示と預金の返還を強く要求されなかったこと、あるいは要求されても、情報開示と預金の返還を強く拒否できた理由はどこにあるのか。それは大きな謎だ。

  勝手な憶測というかゲスの勘ぐりを入れると……、第1次世界戦争期ないし戦間期から第2次世界戦争直後にかけての時期に、2つのアングロ=アメリカン国家がユダヤ人の国家(イスラエル)の建設とその軍事的擁護・支援をめぐって、ユダヤ人団体と取引きがあったからではないか。
  ブリテンはイスラエルの国家建設――それはパレスティナ人の追放・迫害や周囲のアラブ諸国との敵対関係をともなっていた――に一貫して熱心に取り組んだ。アメリカは一貫してアラブに対するイスラエルの優位と軍事的安全保障を受け合っているではないか。

  それにしても、スイス銀行に対してはユダヤ人の利益と権利の尊重を求めながら、自分たちの「債務」「責務」に関しては「頬かむり」を決め込むアングロ=アメリカン銀行群の厚顔無恥の度合いには恐れ入る。そして、スイス銀行口座預金の返還・補償のための基金設立について、アングロ=アメリカンの銀行群が大きく関与したのも、この辺り――「罪滅ぼし」「国際世論への配慮」――にも理由がありそうな気がする。

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