翌朝早く、高見を心配した天野が朝飯を持って訪れたのだが、戸の隙間から煙が漏れ出ていたので、戸を蹴って外して家のなかに入って慌てて囲炉裏でくすぶっている火を消した。何と、高見は火をつけたままで寝たのだ。
そして、「今日は田植えをするんだべ」と朝から仕事を促した。だが、借りた水田は遠くにあったので、高見は天野が運転するバスで「田んぼに通勤」することになった。
そのバスのなかで天野村長は、認知症や健忘症の老人たちに高見を紹介し、これからは「タケ」と呼んでくれと頼んだ。老人たちの間にも、村でタケが金を使わずに暮らすつもりだということが噂で伝わっていた。
高見が近所の農家から借りた水田に行ってみると、すでに水をはってあって、代かきもできていた。そこに田の貸主の農民「みよんつぁん」(モロ師岡)が田植え機に乗ってやって来た。
みよんつぁんは高見に尋ねた。
「自分で田植え機を操作できるか。……田植えするのに長靴をはいてきてねえのか」と。
高見は水田耕作作業については何も知らないのだ。なのに、自給自足で暮らすというのだ。どうなってんだこの若者は、いや、この物語は? そんな高見と村人たちとのトンチンカンな会話がまた、この作品の妙味なのだ。
見かねた天野は、自分がはいていたゴム長靴を高見に押し付けた。
もっとも、その長靴にしても短くて、田に入ることはできそうもない。田植えには泥濘用の深くて足に密着する長靴をはかないと、泥に足を取られたりして長靴はすぐに脱げてしまい、作業はおろか歩くこともできないのだ。
「田植え機は操作できないので、手植でやる」と言い出した高見のあまりの無知無能ぶり、能天気ぶりに呆れたみよんつぁんは、説教を試みるが、その最中に高見が倒れてしまった。昨夜の氷雨を浴びて風邪をひいたらしい。
目覚めてみると、高見はブルーシートにくるまっていて、田植えは終わっていて、なかぬっさんが傍らにいた。みよんつぁんが田植えをしてくれたらしい。
ところで、村の神様だというなかぬっさんは、このトンチンカンな若者をいたく気に入ったらしい。とはいえ、天野みたいに献身的に面倒を見るわけではなく、ただ見守るだけなのだが。
そのタケだが、――村役場での手続きには費用がかかるから――まだ住民票を移す転入手続きが完了してない。なので、いまだ「長期滞在者」であって、住民(村民)ではない。だからゴミ回収日に家庭ゴミを出すことができない。それを心配した天野村長は、ときおり、天野の家の家庭ゴミを引き取りに来た。そして、なんでも一緒くたのゴミを分別して、処理場に運ぶことにした。
で、タケのゴミをスーパーの店先で妻やパート従業員の「いそ子」(片桐はいり)に手伝ってもらって分別しているときのことだ。
いそ子がゴミのなかから貯金通帳を見つけ出した。
彼女は通帳の記録を見て腰を抜かした。
「預金額が6億4870万円!」と叫んで。記帳された金額単位が「万円」だと勘違いしたようだ。
「桁が違う。648万7000円だ」と天野。
「それにしてもあの野郎、金が使えねえからと、通帳を捨てやがった」 こう心配した天野は強引にタケに預金通帳を返却することにして、翌日、妻の亜希子にタケのボロ家に行かせた。
タケに会った亜希子は、田植えが終わったので、しばらく仕事もないだろうから店でパートをしないかと提案した。
パートのいそ子さんが腰を抜かして痛めてしまったので、人手が足りないからということだった。
「でも、ボクお金にさわれないから……」とタケはためらった。
けれども結局、タケは代金処理や勘定など 金にさわる仕事はしないで、商品の陳列や仕入れ品の管理などだけをすることにしてパート従業員になった。給料は食料品の現物支給で。