それから数日後……
あの伊吉は、利権やカネにものを言わせて他人を操ろうとする青砥に嫌気がさしたあげく、豪華な弁当を食べている青砥の鼻先に猟銃の銃口を突きつけていた。そして、引き金を引いた。
だが、カチリと乾いた音がしただけだった。猟銃には弾丸が込めてなかったのだ。
「弾が入えってねえのわかっていても、銃口を向けられると恐ろしいべ。あんたの政治はそういうやり方なんだ」
伊吉はそういう言い方で、青砥を糾弾し、手を切った。朴訥な伊吉は、権威や権力で人を操ろうとする政治手法に辟易していたのだ。伊吉は次の選挙には立候補するつもりはなかった。
一方、タケは妻の青葉といっしょに野菜畑で収穫作業にいそしんでいた。亜希子の拉致やら選挙への立候補など、一連の事件のさなかに青葉は帰ってきたのだ。
再会したときの2人の会話がまたトンチンカンで愉快だ。
タケ:「あれ、帰ってきたの?」
青葉:「うん。もらっていったお金がなくなっちゃったの」
タケ:「ええーっ、100万円をもう使い切ってしまったのー?」
このやり取りで、すっかり関係を修復したようだ。タケは青葉を責めることはなかったし、青葉も言い訳をしなかった。
そんな、のどかな畑で働く2人の近くには、老若男女とりまぜて村人が集まっていた。大人たちは農作業をしたり、子どもたちは池の周りで遊んだり……。みよんつぁんもいた。
つまりは、タケがかむろば村の人びとの生活にすっかり溶け込んだということだ。
そこに天野与三郎と妻の亜希子が連れ立ったやって来た。与三郎は仲良く農作業をしているタケと青葉に話しかけた。
「おめえたち、またよりを戻したのか?」その質問には、呆れ半分と、この村に来て自分を捨てて新しい生き方を始めた先輩としての暖かさが込められていた。
タケが農作業の手を止めて2人の方に歩き出し、はじけるような笑顔で答えた。
「はい、セックスが半端なく良かったもんですから」
あまりに能天気で臆面もない露骨な返答に、飲みかけた水を吹き出す者もいた。とはいえ、あまりに飾り気のない――実もフタもない――あっけらかんとした返答に、全員が大笑いした。
それは、よりを戻したタケと青葉の新たな生活を祝福する儀礼のようだった。
青葉は畑から走り降りてきて、やはり笑顔で亜希子に近づきハイタッチした。女二人は勝ち誇ったように顔を見合った。男の愛情を勝ち取った女の強さを自覚したかのようだ。
タケは与三郎に問いかけた。
「なかぬっさんが死んだとき、空からたくさんのザリガニが降ってきましたね」
「東京の方まで降ったらしいな」
「やはり神様だったんでしょうか」
「んだなー」
「ボクはなかぬっさんから聞いた言葉で、深く印象に残った言葉があるんです。
『ものごとは、思った通りにはいかないが、何とかなんるもんだ』って」
与三郎はその言葉を受けて吟味するような間をおき、それから亜希子の方を振り向き言った。
「普通だな」
「普通だね」と亜希子もオウム返し。
そこでは話を切り上げた与三郎は踝を返そうとした。そのときタケが訪ねた。
「与三郎さん、次の村長選挙に出るんですか」
少し考えてから、
「ああ、出る。おめえも出んのか」
「はい、出ます!」とタケ。
「そうか」と微笑むむ与三郎。
そのとき、新たな村の神様になった進がなかぬっさん譲りのカメラを抱えて近くに現れ、与三郎とタケにレンズを向けた。その間に亜希子が顔を出したところを、進は撮影した。
そして言った。
「人間て、面白えもんだなー」