さて、ジョアンナは行くあてもなく家を飛び出したあと、カリフォーニアに行った。テラピストに見てもらいながら、自分を取り戻し、自分の将来の生活を設計し直すために引っ越したのだ。
やがて、デザイナー(女性雑誌のファッション企画のデザインか)の仕事をするようになった。業績が認められて、年間1000万円以上の収入を得るようになったらしい。
ところがまもなく自分の仕事と人生への自信を取り戻すと、急に愛息ビリーへの想いが強まっていった。子どもの近くにいたい、さらに子どもと一緒に暮らしたいという願望は強まるばかりだ。
そんなわけで今、彼女はニューヨークに戻って、デザイナーとして活躍するようになった。この都市に戻ったのは、もちろんビリーに会いたいからだ。
ウィークデイは毎朝、ジョアンナは、ビリーが通う小学校のゲイトと道を挟んで反対側のカフェで過ごしている。窓際のテイブルに席を取り、テッドに連れられたビリーが通学するのを見守るためだ。
■ビリーの怪我■
さて、ある休日。
テッドはいつもの公園でビリーを遊ばせながら、マーガレットと語り合っていた。ビリーは飛行機の模型を手にしてジャングルジムによじ登っていた。
ところが、片手に大きな飛行機の玩具を持っていたことから、ジャングルジムのてっぺんから落下してしまった。しかも、運悪く、側頭部から頬にかけての部位が飛行機の上のしかかる形で地面にぶつかった。ひどい裂傷を受けてしまった。
テッドは顔から血を流すビリーを抱えて、救急病院まで走った。ビリーは苦痛でうめいていた。流れ出た血で左目がふさがってしまった。
病院で応急手当てをしてもらった。幸い視覚に影響はなかったが、応急処置しかできなかったので、麻酔なしで頬を10針縫うことになった。激痛でビリーは泣き叫んだ。
マーガレットがビリーをなだめ、テッドはビリーの頭の上側から乗り出してビリーの頭部と手を押さえた。痛みで暴れないように。
その事故で、テッドはあらためてビリーへの想い、ビリーの大切さを痛感した。テッドは、前よりもいっそうビリーを大切にするようになった。2人は互いにいたわり合って暮らしていた。母を失った子と、妻を失った父親との暮らしが続いていた。
■保護・養育権をめぐる諍い■
ある日、職場のテッドにジョアンンナから電話が入った。テッドは懐かしさでいっぱいになった。それで、ジョアンナからの会いたいという誘いを気易く受けた。
夕方、テッドは約束のカフェに出向いた。
テッドとジョアンナは最近の暮らし振りについて語り合った。
やがて、ジョアンナがビリーへの深い想い、愛しさを話し始めた。そして、今後は自分がビリーを育てたい、面倒を見たいと言い出した。7歳の子どもには、母親が必要だというのだ。
だが、テッドにしてみれば、息子(と自分)を置き去りにして出ていったジョアンナが、今になって突然、その息子を引き取りたいと言い立てている、身勝手な要求としか思えなかった。
腹を立てたテッドは、ビリーに合わせてほしいというジョアンナの言い分を突っぱねて、席を立ってカフェを出ていった。
ジョアンナのビリーを取り戻したいという欲求は強かった。そこで、弁護士を雇って、親権の帰属――ビリーの保護・養育権はテッドとジョアンナのいずれに属すのか――をめぐる民事訴訟を提起した。