それにしても、まもなく日常生活としては、ビリーは今の住居を出てテッドと別れて、ジョアンナの家で暮らすことになる。ビリーは、テッドとの生活に慣れてようやく精神的に落ち着いてきたばかりなのに、耐えられないほど大きな家庭環境の変化だ。
      テッドは休日にビリーを連れて公園に行き、いっしょに歩きながら、判決に従っての今後の生活、つまりはビリーの身の振り方を説明した。
      裁判所は、ビリーは母親のジョアンナといっしょに暮らす方がベターだと判断したこと。だから、テッドの家から離れてジョアンナの家で暮らすこと。それでも、2週間に1度の割合で、数時間、ビリーはテッドと会うことができること。父と子の関係は失われてしまうわけではないこと。
    
      ビリーは母親といっしょに暮らせることはうれしかったが、父親と別れてしまうことには大きな衝撃を受けていた。普段はどちらか一方としかいっしょに生活できないことが理解できないようだった。そして、毎朝テッドと2人で朝食を用意して、それぞれのペイスで食べてから登校に付き添ってもらう、夕方学童保育に迎えに来てもらっていっしょに家に帰り、いっしょに夕食を食べて、ベッドではお話の本を読んでもらう。そういう以前は当たり前だった生活がなくなってしまうことがすごく寂しかった。
      悲しくて泣き出してしまった。
      テッドはなだめた。面会時には必ず会いに行くから、そのときに仲良くお話ししよう、ベッドでのお話はママに読んでもらえるし、ダッドよりもずっと美味しい食事をつくってもらえるし…ビリーはこれからもずっとテッドの息子だ…と。
      ビリーをジョアンナに引き渡す日まで、そんな話し合いを何度か繰り返したようだ。
      ビリーはテッドとの絆を信頼することができたから、子どもなりに覚悟を決めることができた。
      こうして、ビリーをジョアンナが引き取りにくる日が来た。
      その朝、食事が終わって一段落した頃合い、コンドミニアムの玄関からの呼び鈴が鳴った。
      「じゃあ、ママを迎えにいってくるから、待っていてね」と言い残してテッドは、エレヴェイターで玄関まで降りた。玄関にジョアンナ待っていた。
      だが、テッドの案に相違して、ジョアンナは苦しそうな顔をしていた。目が真っ赤だった。おもむろにジョアンナは語り出した。
      「ここで親子3人で暮らしていた頃を思い出したのよ。で、ここと同じように、ビリーの部屋の壁紙は大空に雲が浮かぶ模様にしたの。
      でも、そうしていると、ここがこれまでずっとビリーの家だったのに、ここから引き離してしまうんだって、身にしみて感じたわ。あの子から住み慣れた家を奪ってしまうことになるんだって…。
      そんなひどいことは、私にはできない。やはり、ビリーの家は生まれたときからここなんだって…
      だから、私はビリーを引き取ることを諦めることにします。それでも、私があの子の母親なんだってことは変わらないんだから。
      で、ビリーと会って、そのことを話すつもり…」
    
      テッドは、驚いた。うれしかった。ジョアンナがビリーの気持ちと立場を真剣に考えてくれたことが。夫婦としての絆は今は完全に切れてしまったが、ビリーの母親と父親として互いに尊重し信頼し合っていく関係はしっかり保っていくことができる。
      ジョアンナはいつでも好きなときにビリーに会いに来れる。
      「それじゃあ、君1人でゆっくりビリーと会ってきなよ。ぼくは、ここでずっと待っているから」
      と言いながら、テッドはジョアンナをエレヴェイターにエスコートした。
      テッドは、この住居でのビリーとの生活を続けることになった。
    
      その後のある日、テッドは道でマーガレットと出会った。彼女は、テッドとジョアンナとの和解を知って安堵した。そして、最近、別れた元の夫、チャーリーが浮気して家を出たことを謝罪してよりを戻そうと提案してきたことを告げた。
      「で、どうするんだい。許すことができのかい?」とテッド。
      「まあ、よくわからない。でも、またいっしょに暮らすことにしたわ」とマーガレット。
      「そりゃあいい!」
    
      2つのペアが、離婚や別離、反目を経験して、自分も相手も客観的に見つめることができるようになった。それぞれの形で、信頼を回復し和解を試みることになった。
      対立点をことさら鮮明にして争うのもアメリカらしいが、互いにほどほどに自分を抑えて相手に譲歩して温和な関係を築こうとする立場もあっていい。