ジョアンナの提訴を知ったテッドは、ショーネシー弁護士を雇って、ビリーの親権をめぐる法廷闘争に備えることになった。
ショーネシーによれば、裁判官は通常、とくに子どもが幼い場合には母親の肩を持つ傾向が強いという。しかし、現在ビリーの面倒を見ていっしょに生活しているのはテッドで、養育の状態にとくに問題はないことから、法廷での尋問で原告側弁護士の挑発に乗らないように冷静に対処すれば勝てるはずだ、という見込みだという。
■失業したテッド■
ところが、裁判手続きが始まった直後、テッドは広告代理店を辞めざるをえないような立場に追い込まれた。
ビリー=子育て中心の生活スタイルになっために、これまでのように広告代理店のアートディレクターとして夜も昼もないような――つまり家庭生活がないような――仕事漬けの生活を続けられなくなった。そのために、広告の内容や日程に無理を言い張るクライアント、とりわけ大手企業アトランティック社のニーズに応えきれなくなってしまった。
スポンサーのアトランティックは無理が通らないということになると、別の大手広告代理店に仕事発注先を移してしまった。テッドの会社にとっては、競争相手に上得意顧客を奪われてしまったわけだ。じつは、これまでは「やり手」のテッドには、その独創性のゆえに、以前から経営陣のなかでそりの合わない重役たちがいたのだが、その重役たちが今回、足並みを揃えて敵に回った。
取締役会は、テッドの直属上司の副社長にテッドをアートディレクターから退ける(降格人事の)要求を決定したらしい。
で、ある日、副社長はランチにテッドを呼び出して、アトランティック社の広告代理店の鞍替えを理由にテッドを今の地位から外すことを伝えた。しかも、この仕事でこれまで抜群の実績を残しているテッドを降格させると、新任の管理職がやりにくくなるということで、辞職を迫った。
追い詰められたテッドは、頭にきたので解雇よりも退職を選んだ。
だが、親権裁判の最中に職を失い収入の道を断たれるのは、決定的に不利となる。収入のない片親に親権を帰属させることはありえないからだ。仕方なく、テッドはショーネシー弁護士に連絡して審理の開始を1週刊延期してもらうことにした。しかし、1、2日延びただけだった。
というのも、その日は12月21日。大体の企業や官庁はクリスマス休暇にさしかかっていて、裁判もクリスマス前に審理の階手続きだけは終えておきたいからだ。手続きが終われば、クリスマス休暇明けから審理が始まる。
アメリカは週給制がほとんどだから、審理が始まるまでに、業務に手を染めた実績をつくっておかなければならない。つまり、明日中に採用されなければならない。しかも、多くの企業は休暇に入り始めていて、求人活動も中断しがちなこの時期に。
テッドは、翌日の朝、求人情報新聞を読み漁った。そして、自分のこれまでの経歴や技能を活用できそうな職種での求人情報を集めた。そして、片端から電話をかけて、採用をめぐる面談を申し込んだ。いくつかの会社の面談を受けることができる運びになった。
だが、その日のうちに採用となるような企業はめったにない。ようやく面談にこぎつけても、テッドは「即日採用」という結論を求めたので、片端から断られた。
最後に残っているのは、絵画取引き仲介企業だった。しかも、給料(年収)は前の会社よりも20%近く減ることになりそうだ。だが、失業状態では法廷闘争でまったく勝ち目はない。
画商(絵画ディーラー)会社との面談は午後だった。すでに休暇モードに入っていて、社内ではパーティーが始まっていた。それでも、採用担当の管理職に面談することになった。
担当者は、テッドの応募――その経歴書に記されたキャリアを見て――に戸惑っていた。大手広告代理店ですぐれたキャリアと実績を誇ってきた管理職が、給料などの条件があまりよくない会社に仕事を求めてきたからだ。しかも、テッドその日のうちの採用決定を求めた。
担当者は面喰らいながらも、人事担当の副社長を面談に呼んで、テッドの要望を伝えた。2人は相談した結果、会社が提示した給与条件でよければということで採用を決めた。
それにしても、所得の大幅な減少は親権争い訴訟ではかなりの不利になるのは避けられない。というのも、弁護士たちはほんのわずかな相手の傷や弱みにくさびを打ち込んで大きな傷口にしてしまうからだ。