ラストエンペラー 目次
見どころ
あらすじ
世界史の文脈のなかで
最後の皇帝の人生回顧
宣統帝溥儀 死にゆく帝国
中国の帝国レジーム
「分封建国」
奇妙な政治体=帝国
文字情報と官僚制
帝室と宦官
帝政の権力構造
皇帝権力の基盤
装置としての皇帝
最後の帝国「清」
遅れてきた帝国
ヨーロッパの勃興と…
ブリテン…東インド会社
アヘン戦争
崩壊する帝国
帝政の最期
辛亥革命と帝国の滅亡
「遺骸」としての宮廷
残骸宮廷と溥儀の心性
茶番劇の復位
分裂する人格
政変、追放、そして亡命
ソ連の俘虜、そして東京裁判
中国への送還
収監と改造教育
「文化革命」との遭遇
映画制作の「背景」を探る
中国と日本との皮肉な関係

収監と改造教育

  人の生活環境や教育環境(の影響)とは恐ろしいものです。人という生き物は、とりわけ政治的な生存環境に順応して生き残ろうとするのが本能ということでしょうか。

  溥儀は幼児期から清朝皇帝たるべく、一般社会から隔絶し隔離された後宮・宮廷で育てられ、そのようなバイアスのかかった知識や感受性を身につけ、独特なものの見方、考え方を脳に注ぎ込まれて育ちました。
  そのため溥儀には、人を人として扱い対面する(対等に向き合う)意識はなく、また自己をめぐっては自立した1個の人間として意識し生活する能力、感覚がなかったのです。皇帝という最高の階梯に君臨する傲岸で尊大な人物、ただただ偉そうに振る舞う人物なのです。従者にかしずかれる生活が当然という意識の。
  シベリア抑留でも、隔離された収容所の生活空間で、切り縮められ矮小化された「擬似宮廷」生活が続けられていました。

  その彼は、中国の収容所での改造教育・指導の場に置かれてはじめて、溥儀は「普通の個人としての生存・生活」の難しさに直面することになります。
  改造計画のなかでも、はじめのうち、現場の共産党指導部は、溥儀と従者たちとの関係を維持させていました。が、やがて思想改造を受けた従者たちの思想や心性が変化するにつれて、しだいにこの関係を破壊されていくことになります。
  自己を個人として意識するようになった元従者たちは溥儀の世話を拒否するようになり、また、指導部もまた溥儀に1個の市民、生活者としての自立を求めるようになります。
  収容所では、衣服の着脱や身の回りの整頓や繕いを溥儀自身が手がけることを求めました。


  しかし、溥儀は上着の前ボタンをかけることも、靴の紐の結び方も知りません。寝具のたたみ方やズボンのしわ取り、洗面の準備も、それは他者が自分のためにしてくれるのが当然のことがらだったからです。
  溥儀は、これらを幼児のように、1から習得していかなければならなかったのです。

  次いで指導部は、溥儀に客観的な自己批判のために、自己の半生記の記述を求めました。
  溥儀ならずとも、人は自分の人生を正当化したり、矛盾した行動や心理のつじつまを合わせようとするのが普通です。わが身は大事でかわいいのです。いわんや皇帝溥儀においてをや、です。
  溥儀は指導部から何度も自己批判の不足や自己正当化の欺瞞を指摘され、修正を余儀なくされます。
  とはいえ、人間の世界では主観や価値観から離れた「客観的な真実」があろうはずもなく、地区と収容所の共産党指導部が理想とする「かくあるべき」自己批判・回顧をめざしてのものです。

  そこで、この半生記(回顧録)の批判や添削については、溥儀自身の思想改造や自己批判の深化のためばかりではなく、中国共産党の政治的目的や民衆教化イデオロギーが抜きがたく影響していることになります。
  「かつての皇帝すら革命中国の意義と使命を理解した」「庶民として再生した」という実績を内外に宣伝する重要なモデルだったのです。
  だが、指導部や収容所のメンバーとは、溥儀は何度も、なにごとにつけ、衝突や撞着があったようです。

  これまでに何度も述べたが、溥儀は周囲の権力保有者が望むように振る舞い、周囲の力関係を察知してしかるべく身を処すセンスや技術をしたたかに身につけていました。その能力は、溥儀が環境や状況を学習するにつれて、改造教育のなかでも、発揮されていったと見てよいでしょう。
  そうではあっても、溥儀の内部でも、なんらかの深い「世界観」「価値観」「人生観」の転換・組み換えは、たしかにあったと思われます。

  その結果、溥儀は指導部から「修了証書」を与えられました。溥儀は、「修了」までに庭園植栽の管理技能を習得して、庭園師として市民生活を営むことになります。

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