ミッシング 目次
原題と原作について
見どころ
あらすじ
軍事クーデタ
アジェンデ政権の苦難の出発
差し迫る経済危機
急ぎすぎた国営化
軍部の動向
クーデタと戒厳令
チャーリーの失踪
チャーリーの父親
浮かび上がる実情
「知りすぎた」チャーリー
恐ろしい「真相」
対   決
チリ「反革命」の構図
政権と軍産複合体の危機感
アメリカ社会の亀裂と「遊民」
「チリ革命」を考える
国有化と計画経済
兵営化した経済計画
チリの状況
「社会主義」は可能か

差し迫る経済危機

  ところが、アジェンデ政権は発足当初から厳しい現実に直面した。おりしも、南アメリカ経済は下降線をたどり始め、チリの主要な輸出商品の銅鉱や銅材の価格は低落し、かつては有力な輸出産品だった硝石の世界市場での需要は目も当てられないほど落ち込んでいた。
  しかも、アメリカの大統領府の主はゴリゴリの右翼、リチャード・ニクスンで、「東西対立」=冷戦構造は最悪の状況だった。アメリカ政府と軍部、企業は、南アメリカでの左翼の台頭に対しては強く敵対し、各国政府に投資や貿易政策で圧力をかけていた。
  マルクス派経済学者のアジェンデは、かねてから持論のとおり、財政危機の政府と産業の低迷を打開するために「国有化( nacionalizacion )」を推進しようとしていた。国有化ないし政府管理の対象になったのは、銅工業、銅鉱精錬業、エネルギー産業などだった。
  だが、国内の経営者団体やトラック輸送業組合(トラック所有者の同業組合でもあり、労働組合でもあったが、非常に大きな影響力をもっていた)は強硬に反対した。彼らは、アメリカ政府やアメリカ系有力企業――ここにも国際電信電話会社ITTが顔を出す――、CIAからさなざまなルートで提供される巨額の資金を背景に、広範なサボタージュに出た。産業資本と物流の基幹部門が、国内の経済連関・物質循環を分断しようとしたのだ。

急ぎすぎた国営化

  傍目はために見る限り、アジェンデは国有化を急ぎすぎたし、その範囲も当時の政治的・経済的条件から見て妥当な範囲を超えていたように見える。経済危機のなかで焦りがあったのか。
  この点については、ソ連の「裏工作が奏功した」という見方がある。アジェンデは秘書官の女性と「親密な」関係にあって、彼女が影響力を行使して国有化のデザインに関与した。彼女はKGBのエイジェントだったというのだ。
  ソ連の意図については、見方が2つに割れている。
  1つ目は、社会主義化を支援して、ソ連の南アメリカでの友好国=戦略拠点を築こうとした、というもので、もう1つは、議会制民主主義をつうじた社会主義(ソ連モデルの否定)を挫折させるために、実現不可能な急進的変革をそそのかした、というものだ。
  さらに穿った観測がある。くだんの秘書官の女史が、CIAのエイジェントも兼ねていて、ダブルエイジェントだったというのだ。この場合には、急進的な国有化で、アジェンデの支持基盤のうち、穏健派や中道左派を切り離すためだという。

  経験則として見ると、ラテンアメリカで左派政権が生まれた場合、アメリカとの敵対に巻き込まれてソ連側が支援に回ると、ロクな結果にならなかった。ソ連の影響下で、現地の事情に適合した変革路線は考慮されずにソ連型の国有化を中心とする強硬・硬直的な革命路線に引きずり込まれてしまうのだ。
  そして政権指導部は、アメリカとの敵対、その包囲網のなかで政権は孤立化し、思想と行動が「ソ連型革命家」タイプに変わっていってしまう。イングランドからのアメリカ植民地の独立をモデルにした民主独立革命がいつのまにか「社会主義革命」になってしまったキューバがそのいい例だ。

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