6月前、ボブ・リー・スワガーは、狙撃用の銃を携えてエティオピアにいた。傍らには、スポッター(狙撃兵を支援する観測手)のドニーがいた。2人が潜んでいたのは、高原台地の谷を流れる大河を見下ろす断崖の上だった。
この河は、エティオピアの国境近くを流れていた。流れに沿って石油油送管(パイプライン)がどこまでも続いていた。
崖の上の2人は、アメリカ海兵隊からエティオピア国境付近での平和維持活動――ボブたちはそういう命令書を受け取っていたが、虚偽の作戦かもしれないことが、後に判明する――に特派された狙撃部隊に属していた。彼らは、河に沿って走り道路を監視していた。
まもなく、任務を完了して、アメリカ軍部隊が河の上流地帯から撤退してくるはずだった。ボブとドニーの任務は、この部隊を援護し、これに攻撃を仕かけようとする民兵組織を狙撃によって撃破し、撤退路の安全を確保することだった。
この作戦を指揮していたのは、この近くのキャンプ・モルニエ(前線作戦本部)のCIAの軍事部門だった。
ボブは、狙撃銃のスコウプ越しに、河の上流方面からアメリカ軍部隊の車列が走ってくるのを確認した。下流方面を探索すると、民兵の一団の車列がアメリカ軍を追撃しようと近づいてきた。
このままでは、民兵組織が友軍部隊と衝突して戦闘になりそうだ。民兵組織を狙撃して撃滅するしかない。射程は800m以上。ドニーはスポッティングを開始した。そして、ボブに指示を出していった。
ボブは、最も破壊力・攻撃力の大きな兵器(重機関銃)を扱う要員から狙撃していった。その次の標的は指揮系統の上位の兵員たちだ。
ドニーとボブのティームは、正確な遠距離狙撃を生み出し、民兵たちをを片端から倒していった。民兵たちは、崖の上の狙撃兵を察知して、反撃し、迫撃弾を撃ち込んだが、まもなく、あらかた殲滅されてしまった。
だが、そのとき、思いもかけない敵が現れた。武装ヘリコプターだった。
ドニーとボブは、キャンプ・モルニエに予想外の敵との遭遇を伝えて、支援を要請した。だが、前線指揮官は何の支援も配慮しないばかりか、キャンプのスタッフ全員に即時の撤退を命じた。狙撃係の2人のみを心配する隊員に対しては、「彼らは自力で脱出してくるさ。我々の任務はここまでだ」と言い切った。
要するに見殺しだった。
そのヘリは高性能のガトリングガンとバルカン砲を装備していた。崖に接近して激しい掃射を浴びせてきた。この攻撃でドニーが殺されてしまった。ボブは絶望的な状況のなかで、ヘリを撃墜するために、対物狙撃銃を取り出して反撃した。
その銃は、射程が2000mを超え、重装甲をも貫通する徹甲弾を発射する大型狙撃銃だった。ボブは、ヘリの回転翼の付け根を撃ち抜いて、飛行不能にした。ヘリは崖に衝突して、爆発した。
こうして、ボブは作戦本部から見殺しにされ、深い信頼で結ばれていた観測手で親友のドニーを失い、1人だけで生還した。だが、心の傷は深く、帰国するとすぐに退役した。そして、山奥にこもる生活を始めたのだった。