大統領の演説当日が来た。
会場のステイジには大統領とスタッフ、シークレットサーヴィスの面々。そして来賓として、大統領の隣にはエティオピアの大司教、デズモンド・ムトゥンボが来賓として控えていた。
演壇の後ろには、何本ものポールが立てられ、あたかも狙撃のスポッティングのために誂えたかのように装飾用カラーテイプが巻きつけられていた。吹流しのようなカラーテイプのそよぎ方で、少なくとも演壇付近の風向と風速を読み取ることができる。
さて、演説会場を見下ろせるビルの1室(ジョンスン大佐が用意した場所)で、ボブは窓から双眼鏡を覗いたり、温度計・湿度計などを眺め、演壇の後方のカラーテイプの動きを見ながら、観測手として狙撃のための情報を把握していった。それらの情報は、マイクをつうじて送信されていた。
だが、その情報の送り先は警備本部ではなかった。
ボブが理想的な狙撃地点として想定した場所、古い塔(鐘楼)には大型の長射程狙撃銃(M200)が設置されていた。しかも、その銃には狙撃手がいなかった。無人の自動操縦になっていて、ラップトップ型コンピュータが接続されていた。コンピュータには無線通信ネットから狙撃に必要な情報が送信されていた。
ボブの「仮想情報」は、何者かの手を経て、このコンピュータ=自動狙撃銃に入力されていたのだ。 「このタイミングだ!」とボブが叫んだ途端、自動狙撃銃から銃弾が発射された。5秒ぐらいのち、演壇の大統領の斜め後ろにいたエティオピアの大司教の頭が吹き飛んだ。警護のSSがただちに大統領を取り囲んで保護しながら、安全な場所まで避難させた。会場は大騒ぎ。パニックに陥った聴衆が無秩序に逃げ出した。
そのとき、ボブの後ろに立っていた警官がボブに発砲した。無線機に向かって「狙撃犯発見、犯行現場を押さえた。犯人を銃撃した」と叫びながら。
ところが、この警官はぶよぶよに太っているうえに日頃の訓練不足がたたって、ボブを撃ち殺すことはできなかった。賄賂や「袖の下」にたかることが、常習になっているのだろう。
それがボブには幸いした。警官の撃った弾丸は、ボブの右肩と脇腹を貫通し、太腿をかすめた。そのまま、ボブは窓から落下した。幸い、下にはガラスの下屋があって、そこに落ちた。が、そのガラスも割れてボブは床に落ちた。そのおかげで、床とか地面に直接激突することはなかった。
ジョンスン大佐の計画では、あの場所でボブを即死させて、狙撃犯の罪をかぶせておしまいのはずだった。 ボブは何とか街路に逃げ出した。
その逃走方法について語る前に、横道に逸れることにする。