急速に体調を回復したボブは、報復作戦を準備した。だが、相手はペンタゴンと結びつき、背後には大きな政治権力は控えているらしい。だから、報復とはいっても、単なる仕返しではない。自分を罠に陥れた勢力を突き止め、あの暗殺事件の背景を暴き、自分の冤罪を晴らさなければならない。
手始めは、ボブが逃走のために襲撃して銃と車を奪った相手、FBIの若手捜査官ニック・メンフィスだ。
明らかにヒスパニック系のニックは、見かけはパッとしない男だが、捜査官として頭は切れそうだった。ボブは彼を襲ったときに、「罠にはめられた。容疑は冤罪だ」と告げていた。
大統領狙撃犯に襲われて武器と逃走手段を奪われてしまったニックは、FBIの「恥さらし」として職場での立場が悪くなっているはずだ。おそらく閑職(窓際)に追いやられて、腐っているはずだ。だが、名誉を回復するために、ボブの言葉を手がかりに、いくつもの不整合――つじつまが合わない犯行の状況――を嗅ぎ出して、真相を探り出そうとするだろう。
そこにボブがヒント=餌を投げてやる。そうなると、ニックはボブの手先のように陰謀集団の追跡を始めるだろう。
つまりは、暗殺を企んだ者たちにとっては、ニック・メンフィスは、ボブと繋がりを持つかもしれない、危険な撹乱要因になる。すると、謀略組織はニックの排除(殺害)にかかるはずだ。その動きを阻害すれば、謀略の構図にヒビが入っていく。そのヒビにクサビを打ち込んで、敵を追い詰めるチャンスが生まれるということになるだろう。そういう読みだった。
さて、そのニックはキャリアオフィサーなのに、ドジを踏んだために閑職――電話相談や苦情処理の仕事:これは、FBIではキャリアオフィサーではなく事務織員ないしアンダーキャリアの仕事――に追いやられていた。そのせいか、そしてボブが残していった「罠にはめられた。冤罪だ」という言葉が脳裏にこびりついてせいか、名誉挽回のために単独で事件の現場検証・捜査を始めていた。
ボブの逃走経路の不自然さ。そして、非常に有能な狙撃手であるボブが、狙いを外しているのはどういうわけか。つじつまの破綻をいくつも見つけ出した。
そこで、狙撃地点の塔に登ってみた。最上階の床には、大きな狙撃銃を機械的に固定して、コードで電気的に連結したような跡が残っていた。人が腹ばいになって伏射したような跡はなかった。
インターネットカフェで、集めた情報で検索してみると、極大射程の狙撃をコンピュータと連結して自動メカニズムで可能な狙撃銃が市販されていることがわかった。さらに、軍の退役将校がかかわっている軍の外郭組織のことも調べた。
ところが、こういう「気に入らない検索」を監視している組織があった。ジョンスンが指揮する暗闇ティームだ。こうして、ジョンスン一味にとって、メンフィス捜査官はしだいに危険な人物、排除すべき人物としてマークするべき相手となった。
彼らは、ニックの執拗な単独捜査の背後には、ボブとの結びつきがあるのではないかと疑った。というのも、狙撃事件のあと、ボブが接触したのはニックだけだからだ。
ボブは、敵側の動揺(小さな亀裂)にクサビを打ち込む。陽動のチャンスだ。ボブは変装したサラを使って、ニックにジョンスン一味のメンバーの名前を告げた。メンフィス捜査官が、今度は捜査局の上司の専用端末機からID暗号をこっそり使って、ネット検索した。だが、その情報は政府と絡んだ分厚い防壁で阻まれていた。
そして、フィラデルフィアでの狙撃事件でボブを現行犯として目撃、銃撃した警官、ティモンズは、休日に街路を歩いているところを暴漢に襲われて殺されていた。事件の真相に迫るための手がかりは、こうして消されていた。
ジョンスン一味は、ニックが自分たちに迫ろうとする道筋をたどり始めたことを知って、慄然とした。「必ず、背後にはボブ・リースワガーがいる」と彼らは考え始めた。そこで、メンフィス捜査官を誘拐して、情報を引き出し、最後には自殺に見せかけて殺すことにした。
捕らえられたニックは殺し屋たちの拷問を受けた。しかし、ボブのことは吐きようがなかった。繋がりがないのだから。で、殺し屋たちは、ニックを殺害することにした。
ボブはその機会を待っていた。監視可能な標的=ニックを敵側に曝して、攻撃を待ち伏せ、撃破して亀裂を広げ、さらに大きな動揺=反応を引き出すためだ。そして、危ういところで救出して、敵側の攻撃に曝されたニックを味方に引き入れることができた。