ザ・シューター/極大射程 目次
NSAの暴走
原題について
見どころ
あらすじ
大統領狙撃事件
ボブ・リー・スワガー
PKOでの「見殺し」
狙撃場所の調査
周到な罠
狙撃のサイエンス
  地表の弾道学
  身体的・精神的条件
包囲網からの脱出
反撃への準備
  ニコラス・メンフィス
  スーパー・ガンマニア
罠の仕かけ合い
真相:軍部の闇の副業
夏の雪原での闘い
  FBI介入への仕かけ
  雪原の狙撃戦
軍産複合体のビジネス
ボブの無実の証明
報復 乱暴な結末だが…
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諜報機関の物語
ボーン・アイデンティティ
コンドル

狙撃のサイエンス

  さて、ここまで遠距離射撃の話題が出てきたが、射程800メートルを超える狙撃は、人間業としては「ほとんど奇蹟」に近い仕儀である。
  たとえば、試しに高性能の望遠鏡や双眼鏡で1キロメートル先の物体を観測してみよう。それがバスケットボールだとしても、ものすごく小さく見えるはずだ。そのほぼ中心部を狙うことはもちろん、その中心部に銃弾を命中させることは、それこそ気の遠くなるような仕事だと感じるだろう。
  人間の頭部や胴体の急所は、バスケットボールよりもずっと小さい。
  銃の引き金を引いたときに、わずかに1ミリメートルの数分の1の揺れがあると、1キロメートル先の着弾点は、数メートルは逸れるはずだ。呼吸のタイミングが変わっただけでも、同じだ。
  にもかかわらず、スナイパーは標的に命中させる。
  だが、プロの狙撃手、狙撃兵はそれが通常=当たり前の任務なのだ。
  しかし極大射程の狙撃を達成するためには、いくつもの物理的条件、いくつもの身体的・精神的条件をクリアしなければならない。

地表の弾道学

  銃弾の薬莢の火薬を銃の薬室シリンダーで燃焼=爆発させ、その衝撃力で弾頭部を銃身の筒――螺旋形の溝つまり旋条ライフルが刻み込んである――から発射させ、大気中を飛ばす。ライフルによって回転を与えられた銃弾は、流体としての空気の抵抗や摩擦による影響(のほとんど)を規則的な気流の運動に変えて、飛行姿勢を安定させる。
  だが、・・・火薬の爆発的な燃焼が起きるということは、少なくとも10%以上の濃度の酸素を含んだ大気中での現象だ。つまりは、地表での人間活動だということだ。
  大気のなかでの銃弾の飛行(物体の運動)だから、大気の状態によって、銃弾の飛行軌道は影響される。すなわち、空気そのものの抵抗や摩擦、浮力はいうまでもない。気圧や温度、湿度(大気中の水分子の濃度)、漂う塵埃、風(風向と風速)などによって、弾道は制約されるのだ。
  たとえば風。風速1メートルのなかでは、着弾まで4秒かかるとすれば、銃弾は風向に沿って4メートルずれることになる。また、湿度が高ければ、銃弾はより多くの水粒子(分子や分子群:クラスター)と衝突して、エネルギーを失い、速度や回転運動を少しずつ減少させる。塵埃粒子との相互作用もしかりだ。

  それだけではない。
  地表では物体の運動を地球の重力が圧倒的に支配している。
  仮に、銃弾が永久に運動エネルギーを失わないとしても、銃弾は、球体の表面としての地表をほぼ円運動して飛び続けることになる。つまり、1キロメートルを超える射程の射撃では、地表面の曲率が確実に影響してくる。
  ところが、薬莢の火薬の1回の爆発で飛び出す銃弾は、初速のエネルギーが運動エネルギーのすべてである。初速のエネルギーをしだいに失いながら、銃弾は飛ぶわけだ。したがって、銃弾の軌道は(大気中の成分の影響がないとしても)放物線を描く「落下運動」になる。
  だから、数百メートルを超えるような射程では、重力の影響を前提して照準を合わせることになる。だから、照準望遠鏡――交差クロス目盛りがついている――は、銃身の中心線に対してわずかに下側を向くように取り付けられている。その角度は、《地球の曲率+重力落下分》となる。
  大気の状態に加えて地球の曲率を度外視しても、

  銃弾の高度=初速×時間(秒)×sinθ−(1/2)×重力加速度×(時間の2乗)
 θ:発射角度  重力加速度=9.8(m/秒)

という関係式が導かれる。
  なお、この式は、初速による打ち上げ高さから、重力落下分を差し引くという関係を示す。
  そして、一定時間( t 秒)後の重力落下分は、 t 秒後の落下速度  V=gt  を時間 t で積分して求めることになる。

  この映画作品のような設定に近づけて、銃弾の平均速度が秒速350メートル――ほぼ音速――で高さ10メートルくらいの塔から射撃し、着弾までの時間が5秒だとしよう。すると射程は1750メートルになる。
  この場合に、水平に射撃すれば、銃弾は目標物の位置で245メートルも落下する。
  そこで、水平よりも上に向けて仰角ぎみに銃弾を発射する。つまり、角度 θ 分だけ上向きに銃身を向けることになる。その場合に、上記の式が役に立つ。等式を変形して使う。

    sinθ = {(1/2)×重力加速度×(時間の2乗)−10}÷(初速×時間)
  この右辺の数値が x だとすると、
     θ =アークサインx
  ( x の値を「三角関数表」の正弦数値に入れて、そのときの角度を見ればいい)
となる。

  このとき、着弾点では銃弾はおよそ120メートル以上も上空から放物線を描いて落ちてくる。
 そうなると、射撃地点で銃身を10度以上は上に向けることになるだろう。
  これに地球の曲率を考慮して、さらにわずかに(少なくとも100分の1度)上を向けることになるだろう。そして、もし風が銃弾とは直角に右から毎秒1メートルで吹いていれば、1750分の5だけ右に照準を向ける。湿度による影響は、わからない。
  大気抵抗による初速の減衰がなくても、これだけ高低差のある放物線を描く。ということは、大気の抵抗のある実射では、もっと上に向けて撃つことになる。そうなると、確実に標的を撃ち抜くためには、頭部を狙うしかない。その場合、銃弾ははるか上方から落下してきて、額から頭頂部に命中して頚部に抜けることになる。
  多くの映画や劇画は、遠距離射撃で標的に対する銃弾の入射角が水平に近いように描くが、これは物理的にはまったくの誤りである。銃弾は上方から落下してくるのである。とりわけ射程距離ギリギリでは、発射角は40°前後にもなる。

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