さて、警官ティモンズの銃弾を受けたボブは、かろうじて逃げ出すことができた。人気のない経路を逃げるボブは、FBIの新米捜査官、ニック・メンフィスと遭遇し、彼を殴り倒して銃と車を奪った。ニックは手錠でフェンスに拘束されてしまった。
これで、ボブは当面の逃走手段と武器を入手したものの、包囲網からは逃れられなかった。ニックはボブを追いかけてきたティモンズによって救出され、ボブが奪った車の車種、形状、色、ナンバーがただちに捜査陣・包囲網に伝達された。上空からはヘリが捜索、地上では道路という道路で捜査陣の車が手配車を探し回った。
それでも、ボブは、FBIの車には銃撃による傷害も含めて応急治療セットが搭載されていることを知っていた。そこで、車を自動洗車機に入れている間に救急治療を施した。止血剤と化膿止め(抗生物質)によって、血液を失い体力を急激に消耗する危険を当面、回避した。
だが、その後、彼の逃走車はたちまち包囲されてしまった。
逃げ道を塞がれたボブは、車を全速力でバックさせてデラウェア河に飛び込んだ。そして、川を遡航する工作船にしがみついて、包囲網を脱出した。そして、盗み出せそうな車が停めてある河岸近くに上陸して、次の逃走用の車を手に入れた。
次に、普通の雑貨店で(というのは、薬局だとすぐに足がつくから)食塩と砂糖、蒸留水とドレイン用具を購入して、化膿・感染予防のための液をつくって簡易点滴をおこなった。砂糖は、なかなか有効な抗菌剤なのだ。高濃度の砂糖水と飽和食塩水は、ナポレオン戦争時代に普及した戦場での応急点滴薬だったという。
こういう応急治療方法も、また海兵隊で(たぶん座学で)訓練されるサヴァイヴァルの基本=初歩知識のはずだ。
応急点滴で消耗からちょっぴり体力を回復したボブは、盗んだ車でケンタッキー州キーン・シティに向かった。エティオピアの任務で死んだ相棒、ドニー・フェンの妻のサラの家を訪ねるためだ。
何しろボブは、大統領の暗殺を企み大司教を殺害した容疑者だ。連邦全域に捜索・包囲網が敷かれていた。逃げ場はほとんどない。
そんなボブが頼れそうな相手は、生死をともにした僚友の妻しかいなかった。だが、凶悪な殺戮者として指名手配を受けているという情報がメディアをつうじて合衆国中に流れている今、救いの手を差し伸べてくれるかどうか。賭けだった。
それでも頼ったのは、死ぬ直前、ドニーはサラが看護師養成学校に行くことになったと話していたため、傷の手当(手術)をしてもらえのではないかと考えたからだ。とにかく、今は銃創を治療することが先決だった。
サラはボブの訪問に驚愕し、警戒していたが、ひどい怪我を負っているボブを見殺しにもできず、家に入れた。ボブの人柄については、ドニーから聞かされていたし、葬儀には参列しなかったとはいえボブがドニーの墓に毎年命日に献花してくれていたからだ。
ボブはサラに銃創の処置(手術)をしてもらった。そして1晩過ごしてから、出ていくことにした。
ボブの死んだ同僚の妻、サラの住居の情報も、いずれ当局かジョンスンたちに知れ、そこにも捜査・探索の手が伸びるだろうからだ。
だが、サラは短時日のあいだにボブと深い信頼関係を築いたようだ。寡婦になってから3年間の孤独が、信頼できる男のパートナーを求めていたのかもしれない。死んだドニーの親友との衝撃的な出会いではあったが。