上陸したゴジラ「第2形態」:水中生活
で前肢は退化して貧弱な鰭状、後部の鰭
が後肢にようやく進化したばかりだから、
自重を支えて体を起こすことができない。
2016年の11月、東京湾のアクアラインの近くで漂流する無人のプレジャーボートが海上保安庁の巡視艇によって発見された。後の調査で、船の持ち主は牧悟郎という放射線生物学者であることが判明した。
船内には封筒に入れられた研究資料が残されていた。船室は整然としていて、持ち主の牧は海に自ら入ったか、事故で落ちてゆ上不明になったものと見られた。
ボート発見の直後、大きな振動とともに付近の海面から熱水と水蒸気が爆発的に噴き上げた。付近のアクアラインのトンネルは崩落した。
首都での大災害だということで内閣府は首相官邸に緊急対策本部を設置、臨時拡大閣僚会議を招集した。
この会議では、発想スタイルや行動スタイルで新旧世代の格差が露呈した。
一方には、中央省庁の官僚団が用意する「公式情報・公式資料」をあてがわれて、既成の判断基準の枠内で従来通りの旧弊な手続きしたがって判断し、状況判断をおこない省庁のメンツを代表して発言する古い世代の閣僚たち。
他方には、内閣官房副長官の矢口蘭堂のように、ネット時代ウェブ・ネットワークの世界に流動する――SNS動画投稿サイトなど――玉石混交の最新情報から素早く自分に必要な情報を取捨選択して状況判断と意思決定をおこなう若手。
政府は過去に経験のない事態に直面すると「政府御用達」の学識経験者から情報を引き出そうとするが、彼らは自らの立場や面目を保つために、新たな事態に身軽に即応することはできない。過去の経験アカデミズムの慣行に束縛されるからだ。こうして出来した新事態への判断と行動方針の決定がどんどん遅れていく。
日本の科学界を統括する立場の文科大臣は、災害の原因を熱水噴出だけの海底火山の活動と性格づけようとする。それに対して、ネットから最新の情報を得た矢口は、海底に何か巨大な生物が存在する可能性を指摘した。
それは、旧弊慣行が幅を利かす首相官邸では、若手政治家が生意気に重鎮たちを押しのけて意見表明し、首相に助言しようとする不遜な態度に見えた。
内閣の重鎮と多数派が矢口の「跳ね上がり」を抑え込もうとしたそのとき、部下から耳打ちされた東官房長官が緊急報道のテレヴィ映像を会議室のモニターに映し出すように命じた。
報道映像は、海面に現れた褐色の巨大な尾を映し出した。10メートル以上はありそうな尾の先端が、海面で振り回されている。そして尾が海面に沈むと、その巨大な謎の生き物が海底から巻き上げた泥の広がりが、東京湾の沖合から羽田沖をかすめて蒲田方面に動き出した。
まもなく、巨大生物は蒲田川河口から遡行するように上陸し、河川や運河沿いに都心部に近づいていった。
このときも巨大生物の大きさは体長40〜50メートルくらい。頭部にはクマモンのような丸い眼、長い頸部側面には呼吸器と思しき鰓が並んでいる。鰓からはどろどろの粘液がしたたり落ちていく。海中では前後の鰭によって遊泳して移動していたらしい。河川・運河に入り込んで大気に触れた瞬間にこの生物は進化・変態して、鰓呼吸と肺呼吸の折衷方式になったようだ。
だが、胸鰭は退化してしまい前肢はまだ形を整えていない。後ろ鰭は後肢に進化したものの、まだ自重を支えて身体を起こす力はない。河川や運河の窪みに沿ってに身体をくねらせて前方に押し出すだけだ。とはいえ、前身とともに身体は巨大化し、筋力も急速に強化されていくように見える。