この時点で、相互防衛条約を結んでいるアメリカ合衆国は東京都港区赤坂――首相官邸の隣接地区――の大使館の防御のためにグァム島基地からステルスB2爆撃機編隊を発進させ、相互安全保障協定にもとづく攻撃を準備した。アメリカがそう動いた以上、日本政府は安保条約にもとづく軍事的支援=共同防衛の要請を出すしかなかった。
そうしないと、日本の領土内で米軍による戦闘攻撃活動が主権を握る日本政府の関与なしに好き勝手におこなわれることになってしまうからだ。
そして、日本政府には米軍から作戦要領と爆撃範囲の地図が配布された。巨大怪獣の進路と予測される大田区から品川区、港区、千代田区、中央区におよぶ帯状の広大な地帯に、米空軍の地中貫通爆弾の投下が計画されているのだ。
バンカーバスターは、その名称のとおり、地下壕や掩蔽壕を破壊するための兵器で、空中からロケットブースターで加速して投下されると、粘土では地上から40〜60メートル、掩蔽防護壁では厚さ6.7メートルのコンクリートを貫通するとされている。しかも、実戦ではほとんどの場合、貫通力を増幅するために弾頭部には重金属や劣化ウランが用いられる。劣化ウラン弾には、強度の発癌性と催奇性があるとアメリカの医学界は指摘し、クウェイト戦争やイラク戦争に派遣された多数の米兵の被害(帰国後の癌・腫瘍の発症)を報告している――だが米軍は公式には一切認めていない。
一方、この間にアメリカ国務省は外交特使として大統領次席補佐官で日系のカヨコ・アン・パターソンを日本に派遣し、巨大怪獣対策をめぐる日本政府との交渉にあたらせた。カヨコの父親は連邦元老院の有力議員で、カヨコ自身も才能を認められて30前の若さで大統領次席補佐官となっている。彼女の政界での目標は40代で合衆国大統領になることだという。
カヨコは、外交畑出身で首相補佐官となっている赤坂秀樹との面談・交渉を求めたが、巨大怪獣対策で忙しいということで、官房副長官の矢口蘭堂に交渉役が回ってきたのだ。
最初の会見でカヨコは矢口に、先頃日本で行方不明になった科学者、牧悟郎の捜索を求めた。
牧悟郎はかつて合衆国エネルギー省DOEに勤務し核エネルギーを研究していた日本出身の科学者だ。もともとは生物学者だったが、妻が原爆症で死亡したため、故国を捨てて渡米し核エネルギーと生物との関係(放射線生物学)を研究していたらしい。
彼は巨大生物が出現する直前、暗号のような難解な研究資料を残したまま、東京湾のボートから消息を絶っていた。牧は放射線による突然変異で海洋生物が突然変異して巨大生物になることを予測していた。そして、その生物をゴジラ
Godzilla と名づけていた。
してみれば、DOEは現代文明の最大の脅威となるゴジラの出現の危険性を知りながら、公表していなかったということだ。軍事同盟国の日本にもゴジラの情報を与えなかった。
その理由の最大のものは、生物の体内で制御されながら核分裂反応が起こるメカニズムに関する知識・ノウハウを独占したいという願望だったようだ。