ロベルタ・ガスパーリは、海軍少尉の夫、チャールズ・ディミトラスが同僚の妻と不倫して家を出ていってしまったため、2人の息子を連れて母親が住むアメリカの田舎町に引っ越してきた。自分を捨てた夫への思いを断ち切れず、悲嘆にくれるロベルタ。
第2次世界戦争終結の2年後にイタリア系の保守的な家系に生まれたロベルタは、アメリカ流の「良妻賢母」となるべく育ち、結婚後は夫に頼り切って、子育てと家事に明け暮れる専業主婦だった。
世界の海洋で覇権を握ったアメリカ合衆国の海軍は、世界各地に艦隊のプレゼンスを保っていた。海軍士官の夫チャールズは、アメリカ国内はもちろんヨーロッパ各国の海軍基地に勤務したので、ロベルタはチャールズとともに転勤を繰り返してきた。チャールズは「海の男」気取りで浮気っぽくなったようだ。
さて、母の家に着いたロベルタは、チャールズがいる家族の思い出の写真を眺めて、しきりに嘆息する。
そんなところに引越し荷物を乗せたトラックが到着し、家具や生活用品を降ろし始めた。だが、運送業者が大きな木箱の荷物を落としてしまった。蓋が開いて、中身が道路に飛び出した。ケイスに入ったたくさんのヴァイオリン。ざっと見で30丁以上はありそうだ。
楽器店を開けるくらいにある。
ヴァイオリンの台数に母親が驚いた。情緒が不安定になっているロベルタは、大切なヴァイオリンを落とした業者を罵倒した。悲嘆や憤りの吐け口となったようだ。
翌朝、悲嘆にくれる娘を励ます母親は言った。
「とにかく、まず仕事を探さなくっちゃね。子どもは食べざかり。私の収入だけじゃあ養っていけないわ」
で、ロベルタが見つけた仕事は、街のギフトショップの包装係。包装とリボンかけに追われる毎日。
そこにやって来たのが、幼なじみのブライアン・ターナー。仕事は、作家=ジャーナリスト。最近本を出版したという。
「まあ、今でもこの町にいるの?」とロベルタは尋ねた。
「今は、母親の誕生日で帰って来てるんだ。この贈り物は、母親の誕生祝いさ」という返事。
「あら、親孝行なのね」
というわけで、仕事の休憩時間にブライアンとカフェに行った。互いに近況報告。ブライアンは、ロベルタが浮気っぽい夫と別居したのを知った。そして、ロベルタが「もっといい仕事」を探していることも。
ブライアンは、少女時代のロベルタがヴァイオリンの名手であることを覚えていた。
「君は今頃、カーネギーホ−ルで演奏しているのかと思っていたよ」と言った。
「自分の才能に目覚めるのが遅すぎたわ。それで、ヴァイオリンの指導資格を取ったわ。ヴァイオリン指導教室を運営したこともあるの」とロベルタ。
「それじゃあ、以前ぼくが取材した小学校の名物校長の女性を紹介しようか。会いにいってみたら?」
こうして、ロベルタはニューヨークのイーストハーレムのエレメンタリースクール――日本の小学校に当たる学童基礎課程の学校(以下では「小学校」と表記)――の女性校長に会いに出かけた。