セントラルパーク・イースト小学校の校長、ジャネット・ウィリアムは、見るからに聡明そうな黒人女性。彼女は、ブライアンの紹介ということでロベルタとの面接に応じることになった。
ジャネットはロベルタが提出した履歴書を見ながら、いくつか質問した。主にロベルタのヴァイオリン指導者・教育者としてのキャリアについて聞き出した。
ロベルタは10年以上前に、夫チャールズの赴任地ハワイで合唱団を指導した。そのあとはブランクで、10年後にこれまたチャールズの赴任地ギリシアでヴァイオリン教室を指導した。多くの生徒を集めるつもりで張り切ったが、半年後にチャールズはまた転任することになってしまった。
というわけで、ロベルタとしては、さしたる指導キャリアはない。
「音楽指導者としての経験はそれだけですか」とジャネットは問いかけた。
ロベルタは答えた。 「履歴書には書いてありませんが、2人の男の子を4年以上教えていますの。…私の息子たちなんですが。2人ともすばらしい成果を達成しましたのよ」
だが、ジャネットは、家庭内で自分の子どもにヴァイオリンを教えているというのでは、キャリアにならないと考えた。そこで、公的な場での教育歴として見るべき経験がないものと判断した。
そういう判断理由で、ロベルタの採用を見送った。
だが、それからしばらくして…。
ジャネットは、音楽担当教務主任のデニス・ラウシュと年間教育計画について打ち合わせをしていた。
そこに、ロベルタが2人の息子たちを従えて現れた。長男が7歳のニック、次男が5歳のレクシー。ロベルタは、校長室への取り次ぎを断る秘書の制止を強引に突破して、校長室に押しかけた。
品が良くて可愛い男の子たちが、愛想を振りまきながら校長室に入って来た。ジャネットは笑顔で応じた、そのすきにロベルタは2人に息子をジャネットの正面に並ばせて、ヴァイオリンの三重奏を始めた。
主旋律をニックが、装飾部高音をロベルタが、低音部をレクシーが担当、じつにみごとなハーモニーを奏でた。素晴らしい三重奏だ。思わず聞き惚れるジャネット。年少の子どもたちにこのレヴェルまで指導したのか、と感心した。
で、2人に年齢を聞いた。ニックは7歳で、3歳から訓練を受けてきた、と答えた。レクシーは5歳で、3歳半から、と答えた。ついでに、「ママを雇ってもらますか」と愛嬌たっぷりに尋ねた。
いやあ、この子どもたちは、演技力とマーケティング・センス抜群である。年少にしてすでに音楽家のセンスを十分備えている。
「この学校の子どもたちも、これくらいまで上達すればいいだけれど…」とジャネットは嘆息。
割って入ったラウシュ。
「まあ、無理だね、うちの児童では。音階をド、レ、ミとやってファまでいったら、お慰めだ」
「いえ、どんな子どもでも、これくらいには上達しますわ。私が教えれば」
母子の説得力に屈したジャネットは、必修課目の外コース――ただし、課程単位として認定する。この辺がアメリカの教育の自由さだ――の臨時教員としてロベルタを採用することにした。
だが、新たなコースが突然追加されたことで、ラウシュは年間教育計画を練り直さなければならなくなった。で、 「この段階で、カリキュラムに追加されても、対応できません」と不満をぶつけた。だが、すでに校長の判断は下ってしまった。
とはいえ、「ヴァイオリンの調達(費用)はどうするんです。いまからじゃあ、今年度は間に合いませんよ」とラウシュ。
「大丈夫よ、私が持っているヴァイオリンを使ってもらいます。教室用にとギリシアで50台買ってありますの」
というわけで、イーストハーレム地区の小学校で、ユニークなヴァイオリン教室が始まることになった。