ロベルタは子どもたちに目標を持たせるために、発表会コンサートを開催することを企画した。演奏する曲は、モーツァルトの「きらきら星」。目標が定められたことで、子どもたちは集中力を増して練習に取り組むようになった。
一方、ロベルタは私生活でもチェインジを試みた。
セントラルパーク・イーストに引っ越したのだ。ロベルタは、チャールズが離婚に際して彼女に支払った慰謝料を注ぎ込んで、住宅の改装を始めた。だが、家を買うだけでほとんどの資金を使い果たしてしまったので、室内の改装は、刑務所から出てきたばかりの内装職人たちに安く請け負わせた。そのため、いい加減で手を抜いた工事になってしまった。
結局、ロベルタは無能で怠惰な職人たちを全員追い出してしまった。そのうえ、ブライアンとも別れることになった。
理由は、父親との別居・離婚ということで精神的に動揺したニックが荒れ始めたことで、安定した家庭を築くことができる男性をパートナーに求めようと決心したからだ。だが、そんな相手は見つからなかった。というよりも、ヴァイオリン教室の指導や運営に没頭しているロベルタ――そのうえ、2人の息子たちを育て、かつまた彼らに音楽を指導するという仕事もあったので――は、交際相手を探す心の余裕がなかった。
ロベルタが生徒といっしょのコンサートを企画したのは、生徒たちに目標(そのための努力の意味)を与え、集中力と自信を身につけさせ、彼らの保護者に音楽教育の成果と意義を訴え、こうしてヴァイオリン教室の存在意義を理解してもらおうという目的があったようだ。
目標を持つことで、子どもたちは短期間に急速な進歩を遂げた。
だが、いつもは強気のデショーンは、コンサートで上手に演奏する自信がないと言い出した。
そこで、ロベルタは、ほかの生徒たち尋ねた。
「コンサートでうまく弾けるという自信がある人はいる?」
すると、半分近くの子が手を挙げた。それを見て、残りの半分も挙手。さらに、それを見て手を挙げる生徒がどんどん増えていく。しまいには、デショーンも、ほかの子たち全員が挙手したので、自分も手を挙げることになった。
それは、自信というよりも、コンサートをやってみたいという切実な欲求・願望の表明というべきものだったかもしれない。
いよいよコンサートの当日がやって来た。会場は学校の集会場のようだ。
ステイジに並んだおよそ50人の生徒たち。ステイジにはひな壇のような段を設えてあって、一番前の列には、あのグァダルーペが品良く腰をおろしていた。白いドレスが似合って、すごく可愛い。ナイームも素敵なスーツに身を固めている。ルーシーもドレスアップ。デショーンも上品なスーツ姿。
というわけで、発表会=コンサートのために親たちも精一杯の努力をしたようだ。で、息子や娘たちの晴れ姿を見ようと、会場に集まった。学校の教師たちもほとんが顔をそろえた。ロベルタの母親と2人の息子たちもいる。会場は満員の盛況ぶり。
ロベルタは、ステイジの向かって右側最前列に立って、指揮を兼ねた演奏をする。ごく普通の「きらきら星」がまず演奏された。だが、それは前奏曲にすぎなかった。
本番は、きらきら星の――作曲者モーツァルトの楽想にもとづいた――ヴァイオリン合奏用の変奏曲で、テンポがゆったりで抒情的になっている。そして、ロベルタは、最後のフレイズの前に、ものすごく長いフェルマータを入れるように子どもたちを指導した。
「おや、どうなってしまったんだろう?!」と聴衆に思わせ、心配させるくらいに長い余韻。すごくゆったりとしたボウイング。
実際、コンサート会場でも、聴衆はそわそわして、互いに顔を見合わせた。どうなったんだろう、と。
と、ロベルタのアイコンタクトで、最後のフレイズを演奏して、FIN。
聴衆からは、絶大な拍手。そして「ブラーボウ!」の合唱。
コンサートは大成功だった。
真剣に演奏する子どもたちの顔は、自信と誇りに満ちているように見えた。けれども、当の子どもたちは、ただ練習どおりに演奏しようと一心不乱に集中していたにすぎない。そのまなざしと表情が、聴衆からは「誇り高い」表情に見えたのだ。余計な雑念を捨てたときの顔貌こそ、人間の尊厳を示す表情なのだ。打算や計算のない顔つきこそ。