1993年10月23日。カーネギーホールでのコンサート「フィドゥルフェスト( Fiddlefest )」本番。
フィドゥルとはヴァイオリン(演奏)のこと。ヴァイオリニストはフィドゥラーと呼ばれる。
最初のプログラムは、教室の子どもたちとその卒業生たちによるバッハのメヌエット(1番)の合奏。例によって、ロベルタがステイジの前に立ってリード。
続いて登場したのは、ブルーグラス・フィドゥラーのマーク・オコンナー。アメリカの民衆音楽「ブルーグラス」では、バンジョーやヴァイオリンの曲芸的な速弾きが有名だが、マークはそのなかでも飛び抜けた存在。ブルーグラスのジャンルにジャズやクラシックさえ取り込んでしまう。
まずは彼自身の曲芸的な速弾き。そして、子どもたちの即興セッション。
クラシック音楽も18世紀末までは、貴族や富裕身分(大商人)などのパトロンのための Gelegenheit-musik ――ドイツ語で「その場だけの楽しみのための音楽」という意味――、たとえば晩餐や夜会、舞踏会などで「その場限りで演奏されておしまい」というBGMでしかなかった。演奏するのは、貴族などに雇われ、(家士や従士、侍史として)身分的に従属する音楽家たちだった。
その意味では、アメリカで白人層から一段も二段も低い身分として蔑視され差別されながらジャズを演奏していた黒人音楽家たちと、よく似た立場だったといえる。そして、雇い主へのサーヴィスではあっても、音楽の専門家どうしとして即興的にセッションをして自ら音楽を楽しんだこともあったはずだ。
だから、今では格式の高いクラシック演奏では、演奏家たちが即興的にセッションを楽しむのは、当たり前のこと。
その夜、子どもたちも、クラシック本来の即興セッションを楽しんだ。このセッション、厳しい努力の結果身につけた高い演奏技術があっての楽しみなのだが。
最後のプログラムは、協力出演を申し出た一流プロのヴァイオリニストたちと教室選り抜きの子どもたちとの協演で、バッハの「2台のヴァイオリンのための協奏曲 二短調」。実際には20台近くのヴァイオリンが協奏し、ニックがチェリストとして加わり、ピアノはあのジョナサン・フェルドマンが担当。
映像では、ヴァイオリン奏者たちは、基本的に2つのグループに分かれ、それぞれのグループ内でさらに2つのパートに分かれていた。
参加した一流プロは、マーク・オコンナー、マイケル・トゥリー、チャールズ・ヴィール・ジュニア、アーノルド・スタインハート、カレン・ブリッグズ、イツァーク・パールマン、アイザック・スターン、サンドラ・パーク、ダイアノ・モンロー、ジョシュア・ベル、そして当時21歳の五嶋みどりだという。
この演奏会での収益は、その後数年間、行政からの予算を打ち切られたロベルタの教室を運営するための財源になったという。教室の存続のために結集し立ち上がった保護者とその協力者たちは、「オウパス118( Opus 118 Harlem School of Music )」という財団を組織して、教室の存続と地区の子どもたちの音楽教育の成果の発表を企図してきた。
opus はもともとはラテン語で、 opera や operation のもとになった用語。労働や作業、努力、創造活動、さらにそういう作業や労働の成果としての作品や著作、創造物を意味する。ここでは、「118人の創意・努力」という意味か。
その後、ロベルタと子どもたちの活動はドキュメンタリー映画に記録された。そして、その映像を見たウェス・クレイヴンが、エンターテインメント映画の制作を企画してロベルタに申し出た。
この映画の撮影期間中に、休眠状態に入っていた「オウパス」は再建され、活動を再開したという。
物語の終わりのパラグラフでは、その後、ニックはプロのチェリストになるための高度な専門コース(通常の大学院博士課程にあたるコース)に進み、レクシーは医師をめざして医学大学院に進んだという。今頃は、「演奏する医者」として活躍しているかも。
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