第7節 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

この節の目次

1 世界市場の形成と世界都市

ⅰ 統治コストの飛躍的増大

ⅱ 貿易経路の重合

ⅲ 諸都市のネットワーク

2 王権の成長と商業資本

ⅰ ヨーロッパ世界経済形成の兆候

ⅱ 競争のリスクとコストの膨張

3 ドイツ諸都市の命運

ネーデルラントの挑戦

ⅰ ヨーロッパ世界経済形成の兆候

  16~17世紀には、上記の貿易圏はより強く相互浸透し合い、総体として単一の貿易圏、単一の社会的分業体系を形成するようになった。ヨーロッパ世界経済の出現である。この融合=統一をもたらした要因でもあり、結果でもある状況を項目的に列挙してみよう。

ⅰ. 地中海に加えてバルト海・東欧から北海を経てイベリアまで、さらに内陸部など、商品流通部面が融合してできあがったヨーロッパ世界市場のなかで、各地の商人集団どうしの競争がひときわ激しくなったこと。

ⅱ. 大小多数の君侯がひしめき合うヨーロッパで、領域国家の形成をめぐる君侯権力のあいだの軍事的・政治的競争が飛躍的に熾烈化したこと。多数の政治体のあいだの対抗または移ろいやすい同盟関係は、地方的紛争の次元からヨーロッパ全域の次元まで相互作用し、一時的な「勢力均衡」と均衡の崩壊をもたらし、駆け引きや出し抜き合いによって目まぐるしく変動した。

ⅲ. 以上の2要因は結びついていて、国家形成をめざす君侯たちは軍事的・政治的競争に生き残るために、政府装置の強化拡大と財政収入の増大を求めて、課税権の拡張や特権付与や保護などによる通商・経済への介入・統制を強めた。
  諸王権は、王を頂点とする身分制秩序をつうじて、商人団体に運上金の見返りに通商や製造業の組織化をめぐる特権を付与して王権支配装置に組み入れたり、有力商人に徴税を入札で請負わせたりするようになった。つまり王権と商業資本の癒合であって、これらは、ヨーロッパ諸国家体系の確立の指標でもあった。

ⅳ. それを土台・背景として、たまたま、エスパーニャ王権ハプスブルク家が神聖ローマ皇帝位を戴くことになったことから、イベリア半島、フランデルン、ドイツ、地中海、イタリアにおよぶ巨大な「継ぎはぎの帝国」が出現してしまったこと。つまり、ハプスブルク王朝の名目的ではあるが、当時としては政治的・軍事的に大きな影響力をもつ権威=権力が出現し、ヨーロッパの各地に浸透したこと。

ⅴ. それに反応して、これまた域内統合と支配圏域の拡張をめざしたフランス王権が、フランスを取り囲むハプスブルク王朝の領地や属領に攻撃を仕かけたこと。それはとくに商業と製造業が発達し、富裕な諸都市が集まっているフランデルンとイタリアをめぐって展開された。
  ハプスブルク王室とフランス王権との敵対関係は、ヨーロッパ各地で戦乱を呼び起こし、ヨーロッパ諸国家体系の全体に大きな影響をおよぼした。

ⅵ. ローマ教会の腐敗がいきすぎたため各地で教会運営や教義をめぐる改革運動が発生し、たまたまそれが国家形成をめざす君侯の域内統合・集権化をめぐる動きに絡みついてしまった。こうして、君侯権力のあいだの闘争に宗教的熱狂や狂信というやっかいな要素が付け加えられ、紛争が止めどなく拡大したこと。
  こうして、各地での国家形成は宗教紛争ないし教会改革・対抗改革と絡み合って進行することになった。

ⅶ. ヨーロッパ全域で軍事的闘争が激しくなるとともに、領域国家形成をめぐる競争は軍拡競争でもあったから、軍事技術・軍事組織の革命が進展し、戦争の規模と強度が飛躍的に高まり、軍事費が著しく肥大化した。そのため、君侯権力にとっては従来の宮廷財政の経常歳入をはるかに超える収入が必要になったこと。
  それとともに諸国家体系の主要な要素として、巨大な軍事=兵器市場が出現し、諸国家の財政資金を膨大に吸収する特異な市場構造をもたらした。軍備と戦争は、ヨーロッパ世界経済の構造に独特の刻印をもたらすことになった。

ⅷ. それゆえ、君侯権力は、徴税を中心とする行財政装置の拡充と改革を迫られ、いっそうの集権化が企図されるようになるとともに、資金借入れのため遠距離で広域的な金融循環――域内の富裕商人層や域外の金融商人――に依存するようになったこと。
  これは商人にとってはハイリターン・ハイリスクの資金運用だったが、長期的安全よりも極力大きな短期的利潤の取りこみをねらう――平たく言えば目先の欲に突き動かされた――巨大金融商人層はそれに群がった。
  彼らは、世界貿易ネットワークはもとより、政府財政装置の周囲でも、自分たちの通商網や金融網をヨーロッパ的規模でさらに強化して動員し、膨大な資金を循環させた。それが、世界貿易での商品循環の成長を土台としていたことは、言うまでもない。こうして政府財政と直結する金融市場が出現することになった。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

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序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望