第7節 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

この節の目次

1 世界市場の形成と世界都市

ⅰ 統治コストの飛躍的増大

ⅱ 貿易経路の重合

ⅲ 諸都市のネットワーク

2 王権の成長と商業資本

ⅰ ヨーロッパ世界経済形成の兆候

ⅱ 競争のリスクとコストの膨張

3 ドイツ諸都市の命運

ネーデルラントの挑戦

ⅱ 競争のリスクとコストの膨張

  こうして、ヨーロッパ諸地域のあいだの物質代謝を媒介する商品流通と金融循環が、これまでになく濃密に融合することになった。このようなヨーロッパ的規模での物質循環=商品貨幣流通の中心に位置するのは、今やネーデルラントだった。イタリアも長らく地中海ヨーロッパの経済的物質循環の中心であり続けたが、世界市場が形づくられていくとともに少しずつ地位が相対的に後退し始めていた。
  ネーデルラント、エスパーニャやポルトガルの造船業者はバルト海から供給される木材やタール、ピッチがなければ艦船の建造はできなかったし、ネーデルラント、イタリア、イベリア諸都市の住民生活は、これまたバルト海やポーランドからの穀物供給がなければ成り立たなかった。カスティーリャの牧羊業は、ネーデルラントや北イタリアでの毛織物製造やバルト海方面やヨーロッパ各地での羊毛製品の購買・消費がなければ成り立たなかった。
  造船材料の貿易は、諸王権や諸都市の海運力と艦隊の兵力に直接に影響し、それらのあいだの貿易や軍事をめぐる力関係を左右した。そして、エスパーニャの牧羊業の収益は、エスパーニャの有力貴族たちの宮廷財政を支え、それゆえまたハプスブルク王朝の軍事力に影響していた。

  ヨーロッパ諸地方、諸地域のあいだの相互依存関係は深まった。にもかかわらず、というよりもそれゆえに、各地で戦乱や争乱が頻発し、社会的再生産の進行が妨げられるリスクは高まり、その手当てのためのコストが増大することになった。
  商品貨幣経済の成長とともに競争は熾烈化してきたが、とにかく世界経済の出現とともに通商競争では、これまでと比較にならないほどに商業資本の政治的凝集が、それゆえまた強力な王権との政治的にして財政的な結合・癒着が不可欠になった。王権や君侯領主にとっても統治や軍備に必要な財政規模がけた違いに膨らんでしまった。
  こうして、諸国家のあいだの通商的・軍事的な競争も激しくなったから、有力君侯=王権は域内の統合をさらに強力に追求するようになった。だが他方で、王権の集権化に対して、地方領主層や諸都市のなかには独立の政治体としての固有の法的・軍事的・政治的特権を維持しようと動くものもあった。

3 ドイツ諸都市の命運

  ハンザ諸都市を含めたドイツの諸都市の多くは、互いに分断され弱小規模――ヨーロッパ諸国家体系の基準では――の諸領邦国家(君侯権力)に統合されていった。そのため、中央ヨーロッパでは、貿易路と交通路は多数の領邦君侯の関税障壁や軍事的・行政的障壁によって分断されることになった。もっとも、多数の関税圏へ分断という事情は、フランスでも変わらなかったのだが。
  名目的には広大な帝国を統治していたハプスブルク家だったが、ゲルマニア=中央ヨーロッパでは領邦君侯のひとりとして政治的分断状況に手を貸し、あまつさえオーストリア=ハンガリーの域内統合の欠如に苦悩し続けることになる。
  ゲルマニアには奇妙な帝国レジームは名目上存在してはいたが、ネーデルラントやイングランド、フランスなどに対抗して商業資本の世界市場競争を後押しできるような強大な国家はなかった。ゆえに、ドイツの有力諸都市は豊かな資本蓄積をもちながらも、世界市場競争からは取り残されることになった。そういう代償と引き換えに、有力諸都市はまだ数世紀にわたって独立を保つことができた。
  北イタリアの都市国家群は、エスパーニャ、オーストリア、フランスなど隣接する巨大な王権によって自立性を奪われ、分断され、それぞれの支配圏に編合されていった。ドイツとイタリアでは、この分断状態が19世紀半ばまで続くことになる。

◆ネーデルラントの挑戦◆

  イタリアの都市国家群の地位は後退し、ハンザ同盟も衰退に向かうことになった。では、王権に対する都市の優位は終焉を迎えるのだろうか。
  だが、すでに大きな富と権力を蓄え、諸王権に対抗できるほどの軍備調達ができる都市群が支配する独特の政治体は、地方的規模での凝集を組織することで、競争に勝ち残ることになった。それがネーデルラント独立派諸州のユトレヒト同盟であって、つまりは緩やかな都市連合からなる独特の連邦国家だった。都市同盟と国家という両方の属性を具有するキメラのような政治体だった。
  フェルナン・ブローデルは、ネーデルラントを「都市が支配する経済」類型の最後のものとして位置づけている。それ以後、世界経済で支配的な権力をもつのは「国家が支配する経済」類型となったという〔cf. Braudel〕。一方、イマニュエル・ウォラーステインは、ユトレヒト同盟はヨーロッパで最初に強力な統治組織を備えた国家だったと見ている〔cf. Wallerstein01〕
  この評価の違いは方法論の違いによるものというよりも、ネーデルラントという考察対象のどこを見るかという視角の違いによるものだろう。対象がキメラである以上、二重の性格のいずれを重視するかによって、評価に違いが出るわけだ。
  こうして、私たちは世界経済のなかに存在する政治体として《都市と国家》を比較対照して考察する局面に立つことになった。つまり、このあとに各地での国家の形成過程を分析することになる。

  世界市場競争で優越する地位を手にするためには、ただ国家を形成するだけでは十分ではない。世界貿易と世界分業の体系を自己中心的に組織化すること die autozentrierte Organiesirung ――組織化し直すこと――が不可欠なのだ。国家は、より正確には諸都市や商業資本の政治的結集=凝集は、この再組織化の力能を手にするための条件なのだ。
  私たちは、このことを検証することになるだろう。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

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序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望