被害者の峯子はあるEメイルに、「今日も広場で犬をなでているときに、時計屋の主人と会った」という内容の日記風の文章を書いていた。これについて警察から質問されたとき、時計屋の主、玄一は「犬を連れての散歩の途中、浜町公園で峯子と会った」と答えた。
しかし、何やらつじつまの合わない点もあった。加賀は、その疑問を解くために時計店を訪れた。
といっても、まずは時計の修理を依頼する客として。そこに松宮も現れて、質問を始めた。加賀はときには客、ときには刑事として巧妙に立場を使い分けて、玄一に問いかける。
頑固者の玄一は、その頑固さのゆえからか、何かを隠している。
加賀らが時計店に通い続けて探るうちに、玄一は愛娘を勘当していることがわかった。その娘が高校生のときに、大学を中退した遊び人の青年と交際を始めて、高校卒業と同時に彼と結婚するために娘は家を出た。
玄一は、娘に対してその青年との交際を禁じようとして対立していたが、ついに娘を勘当した――実際に法手続きを取ったのかは不明。単に親子の付き合いを拒否しただけかもしれない。
けれども、玄一は、娘が家を出るときに投げ捨てて壊してしまった「三面文字番つきの時計」を修理しようとしていた。加賀は、そういう行為と峯子との出会いについての嘘とは関連しているらしいことを嗅ぎつけた。
それで加賀は、玄一が商店会の宴会で留守のときに時計店を訪れ、玄一の弟子兼店員の男が犬の散歩に出るのに付き合うことにした。というのも、その犬に峯子と出会った日の散歩コースをたどらせるようとしたからだ。
すると犬は、玄一が「いつもの散歩コース」と言っていた道筋から外れて蛎殻町の街筋をたどった。
そうすると、峯子が「いつもの広場」と表現したのは、蛎殻町の水天宮で、「子犬」とは水天宮の安産祈願のための犬の親子の像の子犬のことだった。犬は多産なので、「子だくさん」「安産」の願いを体現した守り神になったのだ。
つまり、この水天宮で峯子と玄一は出会ったのだ。
してみれば、玄一は勘当したはずの娘の様子を見たくて蛎殻町の街筋を散歩したのだ。だが、この頑固者は意地を張って、娘に近づいたことを頑なに否定しようとしていたわけだ。
だが、玄一は娘との和解を期待して三面文字盤の時計を修理していたのだ。そして、修理のために必要な精密部品、たとえば精巧な歯車や発条、ネジ、アンクル、クランクなどの部品は、じつは結婚後、心を入れ替えてまじめに働いている娘の夫がつくっているものだった。
日頃、玄一はその部品のでき具合を誉めていた。その作り手が、彼がかつては侮蔑した若者が提供しているのだ。これで、玄一が、いつまでも娘の結婚に反対する理由はなくなった。人は互いに変われるものなのだ。
加賀の謎解きは、こうして父娘の仲直りのきっかけを導いたのだった。