ところで、加賀刑事の小さな謎解きという遠回りの捜査からなる物語のプロットは、じつに巧妙で精巧な「タネと仕かけ」で武装されている。
その道具立ての1つが「嘘」だ。なぜ、そんな嘘をついたのか。嘘の背景には何があるのか。
自分を守るため?、他者を欺くため?、それとも他者をかばうため? という視点で、私たちも加賀たちとともに謎解きに参加していくことになる。
次から次へと新しい嘘や疑惑に誘導していく「きっかけ」は峯子の殺害現場に残された遺留品、遺留物だ。
最初は、峯子の遺体の下に残されていた名刺。
その名刺がそこに残されていたことで、保険会社の営業担当、田倉慎一が最初の容疑者(参考人)として捜査線上に浮かぶ。彼そして、の顧客である煎餅屋の家族が絡んだ嘘の背後にある人間関係と心情を、加賀は探り出していく。
次の遺留物は、テイブルの上にあった重盛のパック入りの人形焼き。
特注品で、近くの料亭の板前見習いの若者が買った。こうして、料亭の女将夫婦の関係に加賀の目が向けられる。
その次は、峯子の電子メイル。
メイルのあて先は3人。この3人が次々に加賀の捜査線上に浮かんでいく。
瀬戸物屋の嫁と家族、時計店の頑固おやじ、3人目はアメリカ、シアトルに住む峯子の友人の真知子。ただし3人目の真知子へのメイルでは、相手の人物ではなく話題の内容が問題となる。
それで、この3つのケイスとも家族関係が謎の核心となっている。 瀬戸物屋の家族では、跡継ぎ息子の嫁と姑との関係が、時計店では頑固者の店主と勘当した娘の関係、3つ目では、峯子が家を出た息子への深い愛情が中心となっている。
その後に続く「きっかけ」は、峯子への公衆電話からの連絡。この公衆電話からの連絡が最後の真犯人発見への有力な道筋となる。
ところが、謎解き=犯人探しの道はまっすぐには進まない。加賀と視聴者を脇道に逸らすための疑念があちこちに仕かけられている。
まず、翻訳家の多美子と婚約者のコウジ・タチバナ。
ここでは、家族になること――つまり結婚――を目の前に躊躇している婚約者たちの関係が取り上げられる。峰子と彼らの行為に込められた「想い」を加賀は探ろうとする。
そこで、公衆電話からの連絡という鍵はいったん置き去りにされて、峯子が離婚した直弘とその実の娘、祐理との関係、さらに弘毅との関係へと話題は横ぶれさせられる。加賀はもつれた家族関係に踏み込むことになる。
ここで、直弘への疑惑がどんどん深まっていくように見せる仕かけが、観衆への罠として仕かけられている。
だが他方で、直弘の頑固なまでに真摯な性格――二十数年前に別れた恋人への想いに今でも誠実な心情――も描き出し、こういう人物が別れた妻を殺すはずもないという暗示も提示されている。
そして、直弘のアリバイを崩すかのような証言を提供した岸田の愛息、克哉への疑惑へとさらに道が逸れていく。しかし、逸れていくかに見えたこの脇筋は、じつは真犯人、岸田税理士の峯子殺害の動機の解明へと導く糸でもある。
そして、最後の鍵が「回らない独楽――独楽の紐――」である。
克哉の家庭にあった独楽、誰が試みても回すことができないもので、その原因は紐が違うからだった。凶器であるその紐は、また、岸田が峯子への殺意を募らせて無意識のうちに民芸店から独楽を窃盗して紐を手に入れるという、凶行の過程を描き出す仕かけとなっている。
そして、岸田の動機の根源にあるものも家族への心情――倒錯し歪んではいるが――である。
謎解=犯人探しをめぐる筋立て仕かけ(プロット)は、以上のように枝別れした迷路の連続のなかで、少しずつ真犯人に迫るヒントや証拠が積み上げられていく、見事な仕組みになっている。遠回りに見えるが、じつは最有力の容疑者への一本道になっているのだ。
さて、このあと、つねに刑事ドラマの背景に置かれている刑事警察の機能=役割について、問題提起と考察をおこなう。
それは、ドラマ《新参者》で加賀恭一郎が提起した問題を受けてのもので、刑事警察の機能・役割に関する考察をおこなうことになる。
そののち、堅苦しい話から抜け出して、喜劇タッチの室内劇風TVドラマ『刑事定年』について瞥見することにしよう。