ところで、主人公、加賀恭一郎―― 一見迂遠に見える捜査=調査を丹念に続ける刑事――の次の言葉は、警察、より具体的には刑事警察 criminal police の機能・役割に対する鋭い問題提起になっている。
犯罪の真犯人を捜し出すことだけではなく、事件によって傷ついた関係者の心や人間関係を修復することもまた、刑事(警察)の役割=仕事だ、という台詞だ。
◆ポリスという組織=機能◆
ヨーロッパ社会のなかで警察 police という行政装置の観念や機能(職務)が、試行錯誤のなかから、ようやく確定・定着していくのは、16〜18世紀のイングランド王国とフランス王国においてであった。絶対王政への動きと市民革命の時期に重なる。
歴史研究によれば、「ポリス polis すなわち都市」の統治と密接に関連しながら、王権――の現地組織としての都市統治機関――による都市の平和や秩序全般を統制・調整する組織活動=機能をめぐって、集権化の試みと権力闘争をつうじて、警察の機能は制度化されていったという。
その当時、警察=ポリスの機能には、たとえば
・都市のさまざまな商人団体、職人団体への特権の付与(認可・許可)
・その見返りとしての納税や都市規制の受容をうながす作用
・商業や製造業などの経営活動の監視と誘導、統制
・貧民の救済と統制
・傷病者の手当て援助、都市の衛生問題への対処
・外国人や下層民衆――騒擾や反乱を抑止するため――の監視
・都市への食糧や工業材料・原料の供給の確保
・食品などの庶民の必需品の価格統制…高騰すると民衆暴動・蜂起につながることもあって、都市平和秩序の維持のためには、不可欠だった
という広範な機能がそっくり包括されていた。産業政策から始まって治安政策、社会福祉政策、公衆衛生にまでおよぶ都市行政の大事な機能の大半が《警察=ポリス》の機能とされていたわけだ。
やがて市民法観念や市民権思想、啓蒙思想の普及とか市民革命での論争を経て、警察は市民社会の「上」または「外部」に立って、もっぱら権威や強制力の行使をつうじてレジームの秩序維持の機能を占有することになった。
客観的に見れば、究極的には権力装置としての警察組織は、そのレジームのなかで富と権力において最優位にある階級や身分の利益に沿って動くということになる――とりわけ政治秩序を維持する機能を担う公安警察 security police は。とはいえ、警察の組織や利害関係は、いわゆる経済的支配階級と直接に結びつくというわけではないし、容易にそういう階級の意のままになる道具・手段であるというわけでもない。
事情はずっと複雑だった。
警察や軍隊を支配階級と直結した政治的支配の道具ないし手段と見るソヴィエト型マルクシズムの単純すぎる見方とは異なっている。
そしてとくに警察の犯罪抑止ならびに犯罪捜査の機能という点について見ると、ブルジョワ法観念の普及――意思の自由を基礎とする《犯罪と刑罰の等価交換》の論理としての罪刑法定主義――とともに、国家による裁判のための犯罪=刑事捜査に専念する刑事警察の機能が自立化していった。
刑事警察は裁判制度・刑罰制度と一体になって、刑罰などによる心理的および物理的な威嚇作用によって、公共秩序からの逸脱ないし秩序の破壊としての犯罪――秩序や平和の破壊への意――を抑止する役割を期待されるようになった。
だが、その陰では、レジーム秩序維持、国家秩序擁護のための公安警察の機能は、強制力装置・国家装置としての警察の機能の中枢に居座ることになった。レジームへの脅威となりうる勢力や動きへの警戒と監視、抑圧とか排除という機能である。
これは、国民社会の内部にいるレジーム反対派に対しする監視・調査や抑圧・威嚇だけでなく、多数の国民国家が対抗するシステムのなかで、敵対する外国の介入や侵入、要人攻撃、国家機密の盗み出しなどを阻止する防御機能であって、軍事組織や諜報組織と連携する機能が期待されてきた。
日本でも最近、《外事警察》や《SP》など警察の公安部門ないしはセキュリティ・サーヴィスを扱ったすぐれたドラマや小説がつくられるようになったので、いずれ取り上げたいが、まだ材料がそろわない。簡単にそろうようでは、秘密=守秘こそ鍵となる公安部門の任務が泣くだろうが。
ここでは、テーマの刑事警察の役割・機能についてだけ関説することにする。