さて、大学の夜間プログラムの一環として、チャーリーの「知的進歩」を「超秀才マウス」との迷路ゲイム(競争)によって測定しようという試みが始まった。
相手のマウス(ハツカネズミ)の名は、アルジャーノン。知能を加速度的に高めるための脳外科的手術を施されているマウスで、マウスとしてはものすごい学習能力と記憶力、判断力を備えている。
「迷路ゲイム」の仕組みはこうだ。
アルジャーノンは、1辺の長さが60pくらいの正方形のボード上に設定された迷路――薄板で通路が仕切られている――の入口に置かれる。
大学の研究スタッフは、長辺が20〜30pくらいの長方形の仕切りボード(薄板)を正方形のボード上にあれこれの形に設置して、さまざまな迷路をつくる。迷路のゴールには餌を置いておく。
他方、チャーリーには、紙片に印刷された迷路図が渡される。この迷路図は、アルジャーノンがこれから挑戦する経路と同じ形になっている。ただし、チャーリーの迷路のゴールには餌がない。チャーリーは、ニーマー教授らの指示に素直に従うからだ。
アルジャーノンとチャーリーは、「スタート」のかけ声で迷路をたどる。アルジャーノンは、実物の迷路を歩き、走りながら餌のありかを探す。チャーリーは、鉛筆で線を引きながら、迷路の出口を探す。どちらが早くゴールにたどり着くか。
最初の競争では、アルジャーノンが勝った。もう1回やってみた。
すると、学習能力と記憶力、判断力の差で、アルジャーノンはチャーリーにさらに大きな差をつけてゴールした。
翌日から、アルジャーノンの優位がさらに広がっていく。チャーリーは負け続けた。だが、チャーリーはふてくされたり、腐ることなく、素直に指示に従ってゲイムを続けた。チャーリーも、慣れや学習によって、少しずつ進歩しているけれども、とにかくアルジャーノンの知的進歩の速度が驚異的で、どんどんゴールまでの時間が短くなっていく。
毎日、顔を合わせて競争しているうちに、チャーリーはアルジャーノンに親愛の情を示すようになった。自分を打ち負かす「憎いライヴァル」「いやなヤツ」というような感情を抱かないのだ。素直にマウスの優位と能力を認める。
というわけで、チャーリーは、自分のペットとして屋根裏部屋に持ち帰って、飼うことになった。ゲイムのたびにチャーリーは、バスケットに入れてアルジャーノンを大学に運ぶことになった。
こうして、アルジャーノンは屋根裏部屋で1人暮らしをするチャーリーの話し相手となった。マウスは学習して、チャーリーの話し声を聞き分けるようになった。「餌」や「水」とか、清掃のための引っ越しなどを。