アルジャーノンに花束を 目次
知性とは何だろうか
原題と原作
見どころあらすじ
チャーリー・ゴードン
孤独なチャーリー
夜間コース
アリス・キニアン
アルジャーノンとの競争ゲイム
脳手術の人体実験
チャーリーの変化
アリスの苦悩
知性ゆえの悲劇
チャーリーの恋
研究ティーム内の葛藤
アルジャーノンの悲劇
チャーリーの反撃
絶望を目前にしての奮闘
人間の知性とは何だろうか
知性の劣化の意味
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チャーリーの変化

  手術後の経過、すなわちチャーリーの脳機能と精神構造の変化は、手術前に予測していたものとは大きく異なっていた。
  そもそも、対人コミュニケイションや心情表現をともなう人間の精神や知能の仕組みは、プロジェクトティームのメンバーが理解していたものよりもはるかに複雑なのだ。したがって、脳外科手術によって、知的機能の発達障害を取り除いた結果、脳全体の仕組みがどのように変化し、各機能の相互作用の全体がどのように変化するかを、事前に見通せるはずもなかった。

  まずはじめにチャーリーの脳機能の向上は、ニーマーやストラウスが予測していたように学習能力や記憶、思考推論や判断力における進歩としては現れず、より情緒的・心理的側面での著しい変化に現れた。
  最初に幼児の発達段階にも似た変化=成長が現れた。
  すなわち自我や利己心、自己中心的心理、自己保存欲求の直接的な表出――「わがまま」や「こらえ性のなさ」「甘え」「労苦からの逃避欲求」――に現れた。
  それは、また、ヒトという動物種が大規模で複雑な「社会」という仕組みを形成し、そのなかで個体としての精神的・肉体的成長をとげるという成長過程に原因があるようだ。ヒトの独特の幼児段階の特徴は、社会なかで独特の競争――集団のなかでの序列や影響力の大小を他者と比較したがる――を繰り広げるという、それゆえまた、成体への成長のためには非常に長い保護と学習の時期を必要とするという、特有の生存様式から生み出された幼児心性ともいえる。

  たとえば、自己抑制して社会での必要な態度や生活習慣をみにつけるための克己的努力の慫慂に対して「駄々をこねる」、あるいは一度経験した労苦から逃げたがる、自己の優位を感じたがるが、逆に苦手なものには僻んだり、歪んだ劣等感を抱いたりするようになる。
  チャーリーはしかるべき教育を受けないで育ってきた。それゆえ、本人が意識しての自己抑制や努力のための訓練が施されずにきたから、やはり、そういう強い幼児性を示す言動パターン、感情表現が目立つようになった。


  たとえば、これまでずっとアルジャーノンとの競争に破れてきた「迷路ゲイム」への挑戦から逃避したがるようになった。「どうせまた負けるから、いやだ、やりたくない」と。
  言語の学習でも、成果が出ないと思うとさぼりたくなった。
  これは、一見、ネガティヴな兆候のようだが、「勝ちたい」とか「もっと好成績を得たい」とか、「自信を持ちたい」という潜在的な成長欲求の裏返しの表出である。効果的に結果につながる方法や道筋、つまり「成功体験」がないから、欲求と実際の結果とのギャップに悩むわけだ。
  そして、一般に、学習努力を始めても、経験や知識がある程度蓄積するまでの段階では、なかなか自分では努力の成果を確認できないものだ。だから、潜在的に能力や可能性が形成され始めているのに、中途で逃げたり、努力を放棄してしまう者の方が圧倒的に多い。
  これは「知能指数」が平均よりも「少し高い」子どもにありがちな傾向だという。少し愚直さを残している子どもや「知能指数」が飛び抜けて高い子どもは、失敗を重ねて経験則や法則性を理解していくように学ぶらしい。

  この段階では、むしろ見えない成果におびえないような無頓着性とか愚直さが必要なのだ。だから、初期には知能指数が「やや高い」子どもの方が、勝手に見通しや自分の将来に見極めをつけてしまうため、その後の成長進歩が遅くなる場合が多い。
  あることが好きになって失敗しても試み続ける性向は、才能への条件かもしれない。幼児教育のメリットは「好きになる機会」を与えることにあるのかも。
  この段階では、「失敗すること」への本人や周囲の寛容さ、失敗を繰り返すことの大事さ、短絡的=短期的な成功を求めない評価態度が求められる。あるいは、失敗を率直に受け入れて失敗から何かを引き出す面白さを感じることを学ばせるべきなのだ。すぐれた教育者であるアリス・キニアンは、忍耐強くチャーリーを支援し指導し続けた。

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