人並み以上の知能を備えるようになったチャーリーは、また性欲や若い女性への恋愛感情を抱くようになった。すぐ身近には、美しく聡明なアリス・キニアン女史がいた。しかも、これまでに深い信頼関係を築いてきた。
というわけで、チャーリーはアリスを恋慕するようになった。
ある夕方、アリスが許婚者と楽しそうに歩いているのを見て、強い恋情と欲望が湧き上がってきた。で、アリスを自分の部屋に招いてから、執拗に口づけを求め、さらに抱きついて押し倒した。だが、強引さもここまでで、我に返ったチャーリーはアリスを解き放した。
すると、アリスは、ひどい怒りを見せて、チャーリーの頬を叩いた。理性が戻ったチャーリーは身を退いて、謝った。アリスは逃げるように帰っていった。
とはいえ、早くからチャーリーへの同情・共感を抱き、深い信頼関係を築いてきたアリスは、今や大学内の誰よりも聡明になったチャーリーを尊敬してもいた。いきなりの不躾な態度に驚愕して、反発したが、惚れられて悪い気はしなかったようだ。それ以後も、チャーリーとこれまで通り親密な友情を保持し続けた。
やがて、アリスはチャーリーの恋心を受け入れるようになった。
ところが、目覚ましく知能を発達させ、旺盛な知識欲・学習意欲を見せるようになったチャーリーの今後の指導・育成方針について、プロジェクト・ティームの内部での相違や対立が目立ち始めた。
ニーマー教授は、チャーリーにさらに膨大な知識を詰め込もうという考えだった。だが、情緒の安定を求めるストラウス博士は、急速に膨張した知識と、不安定な感情とのアンバランスに戸惑っているチャーリーに、むしろ知識量の拡大のペイスを抑えて、情緒面の安定を生み出すゆとりを与えようと提案していた。
今後の方針をめぐって、2人は激しい論争を展開した。
結局、2人は、それぞれに自分が正しいと信じる教育・指導方針を進むことにした。だが、チャーリー自身の気持ちを尊重してこの先の方針を決めようとは露ほども考えなかった。結局、教授たちは自分の研究分野での業績を伸ばすための手柄争いをしているだけで、チャーリーは実験動物としてのマウスとさほど変わらない扱いしか受けられないのだ。
つまるところ、チャーリーは、最先端を競い合う学者たちの「実験対象」でしかないのだ。マウスのアルジャーノンと同じ位置づけだった。ストラウスの方は、それでもチャーリーの感情を尊重していたとはいえるが。