いよいよボストン大学での脳科学・脳医学の特別学会開催の日がやって来た。ニーマー教授とストラウス博士は得意の絶頂にいた。
2人は、会場で、満場の参加者を前にして、自分たちの理論と実践の経過を自信たっぷりに説明した。そして、いよいよ被験者=チャーリーの目覚ましい知的進歩・発達の経過を、チャーリー自身に語ってもらう番になった。
チャーリーは、スライド・プロジェクターで映像を提示しながら、手術後の自分の知的な飛躍を説明した。知恵遅れの青年だったチャーリー自身が、今、脳科学・脳医学の専門家と肩を並べて専門用語や理論を駆使して、実験の経過を解説しているのだ。会場の人びとは、驚きと称賛を隠さなかった。
満場の拍手。
ところが、報告の締めくくりとして発した言葉は、愕然とするものだった。チャーリーの見通しでは、この療法の帰結として、自分の知能や脳機能はやがて急速に衰退して、もとの知的障害者の状態に戻ってしまうであろうというのだ。
そうなってしまう脳手術の方法の限界=欠陥を、彼は明白に指摘した。そして、このような不完全で危険な治療を実験的に自分に施した2人のプロジェクトリーダーの見通しの甘さと倫理的誤りを指弾した。
被験者からの告発=糾弾ともいえた。
だが、まもなく自分が恐ろし悲劇に見舞われることが避けられないという見通しを語るものだったにもかかわらず、チャーリーの話し方は恐ろしいほど冷静で穏やかだった。そのことが、逆に事態の深刻さを増幅した。
これには、業績争いのために自分を実験台にした教授たちの酷薄さへの反感っもあったろうし、他人の欠点や誤りを暴きだしたがるようになったチャーリーの精神的不安定さも一役買っていたかもしれない。
こうして、得意の絶頂にいた医学者2人は、自ら臨席する学会報告の場で、しかも被験者によって自分たちの治療法=仮説の限界・欠陥を完膚なきまでに批判された。飛び抜けた知能をもつようになったチャーリーが、専門家の自分たちよりも治療法の中身と欠陥を知悉していることに愕然とした。
「医療技術の進歩」という理由で、大きなリスクをともなった手術と治療を施した後ろめたさもあった。
何よりも、「実験台」になったチャーリーには、悲惨な運命が待ち構えているのだ。けれども、いまのところこれまでの治療法の問題を解決するための糸口すら見つかっていないことを認めざるをえなかった。それは、研究者としてそれ以上ないほどの屈辱だったが、仕方がなかった。