森林と湖水、田園風景が広がるオンタリオだが、近隣には少しずつ開発の波が押し寄せてきている。自営農業者が高齢化して農地や周囲の森を別荘・リゾート開発業者に手放すようになってきたのだ。地区の住民集会では、環境保護派と開発派とが対立したり、環境保護を考慮しない乱開発を防ぐ手立てに悩んだりしている。
エイミーの家の近くの森も開発業者に売り払われて、別荘・リゾート開発が始まった。
樹林が大型建設機械によって乱暴に切り払われている。
ある夕方近く、学校から帰ったエイミーは近所の森を散歩していた。そのうち開発造成地に近寄ってみると、カナダガンの営巣地の樹木がなぎ倒されていた。倒れた木の枝の下には、巣のなかに十数個の卵が置き去りにされていた。巣のすぐ近くまで迫った破壊によって、親鳥が卵を捨てて巣を追われたらしい。
エイミーは卵を家まで持ち帰って育てようと決心した。
カナダガンの卵の大きさは、日本の鶏の卵の1.5倍くらい。カナダガンは成長すると、体長60センチメートル以上、両翼を広げると1.6メートル近くの大きな渡り鳥である。
エイミーは、納屋倉庫のキャビネットのなかに干し草を敷き詰めて卵を並べ、大型の白熱灯を設置して温める工夫をした。
それからしばらくして、エイミーが学校から帰って、納屋に行ってみると、キャビネットのなかで孵化が始まっていた。エイミーは夜中近くまで、孵化の様子を眺めていた。
夜中になっても夕食に来ないエイミーを心配したトーマスとスーザンが、家の周りを探し回ると、納屋の乾草の上に毛布を敷いてエイミーが身体を丸めて眠っていた。彼女の身体の周りに、カナダガンの雛たちが身を寄せてうずくまっていた。
どうやら、雛たちにとっては孵化後はじめて見た生きものがエイミーだったことから、親鳥としてのイメイジを脳に刷り込みしてしまったようだ。
というわけで、エイミーは15頭のカナダガンの親鳥の役割を果たさなければならなくなった。
だが、新たな生活環境のなかで自分の居場所を見つけられなかったエイミーにとっては、自分の役割を責任をもって演じなければならなくなったことで、この地に居着くきっかけになったようだ。
エイミーは「母鳥」として雛たちに毎日餌を与え、周辺の森や草原の散策に連れ歩き、池で遊ばせるという日課を果たすことになった。
しかし、トーマスは親鳥を失った雛たちを育てる方法に戸惑ってしまったので、捕獲野生動物管理官に事情を打ち明けて相談した。
管理官は厳しい許可条件を言い放った。親を失った渡り鳥の雛を一般民間人が育てるためには、まず管理局への届け出が必要で、しかも、渡りや捕食者からの防御を教える親鳥がいない雛や若鳥を守るために、翼の腱を切断して飛べないようにしなければならない、というのだ。
政府の官吏としては、人間社会の都合に合わせて雛を保護育成するのが当然という考えなのだ。
オンタリオ州では、カナダガンは野生のままでは厳しい冬を越すことができないので、南方への渡りができない限り、飛べないようにして飼育施設のなかで飼育するしかない。その意味では、仕方がないことだった。普通に考えれば、人間が野生の渡り鳥たちに飛行や渡りを教え訓練するのは、まずもって不可能なことなのだから。
だが、そのことを聞いたエイミーは、まるで雛を守る親鳥のように警戒・反発した。しばらくして、雛たちの翼腱を切りに来た管理官にヒステリックに挑みかかり、追い返そうとした。トーマスと仲間たちも、管理官の撃退に協力した。
しかし、野生のカナダガンと同じように育てるためには、成長した幼鳥・若鳥に飛行や渡りを教えなければならない。つまり、エイミーやトーマスたち人間が、渡り鳥の飛行訓練の指導者になるしかなかった。
トーマスは、ここで自分の趣味を生かすことにした。パラグライダー、さらには小型エンジン・ファンをつけたライトプレインで、若鳥たちを率いて編隊飛行を学ばせ、飛ぶための反射・運動能力と体力を身につけさせることにした。
ところが、羽ばたきを始め、遊びで軽く飛び回れるようになった若鳥たちだったが、親鳥としてインプリントしたエイミーとは違うトーマスが目の前をライトプレインで飛び回っても、ほとんど無関心で、彼に従って飛び立とうとはしなかった。飛び立たされても、それぞれが戸惑ってすぐに地上に舞い降りてしまう。
仲間たちは、親鳥の役割を演じているエイミーがライトプレインで鳥たちを率いるしかない、とトーマスに伝えた。が、トーマスは危険をともなう飛行にエイミーを巻き込むことに躊躇した。しかし、そうしなければ、鳥たちの翼腱を切断するしかない。そうなると、エイミーは悲嘆にくれることになる。
幼鳥の育成に夢中になることで母親を失った心の痛手から立ち直りつつある娘にふたたび大きな精神的衝撃を与えることは避けたいと思った。
そこで、トーマスはエイミーにライトプレインの操縦を教えることにした。
仲間たちは、エイミーのライトプレインをつくった。横から見ると、翌端間の幅3メートル以上の巨大なカナダガンの姿をかたどった、三角形の翼の下に操縦席が設えられたライトプレインだった。そして、トーマスは上昇気流のとらえ方、上昇と下降、旋回の方法を教えた。エイミーはすぐに覚えた。
こうして、トーマスがエイミーの飛行を誘導し、エイミーが若鳥たちの編隊飛行を率いる訓練風景が、短い秋のオンタリオの空に繰り返されることになった。