ブラス! 目次
石炭産業の死滅
原題について
見どころ
あらすじ
炭鉱産業のスクラップ化
グリムリー・コリアリー楽団
アランフェス協奏曲
されど厳しい現実
サドルワースで
グローリアの仕事
追い詰められたフィル
投票結果
バンドの「再生」
連帯する妻たち
サンドラの決意
優勝、そしてダニー・・・
産業構造の転換と石炭産業の死滅
エネルギー構造の転換
ブリテンの石炭産業の歴史
  森林の枯渇と石炭産業
歴史的情景の描写記録として
おススメのサイト
ブリテンが舞台の映画
ダイヤモンドラッシュ
マダム・スザーツカ
アバウト・ア・ボーイ
のどかな信州の旅だより
信州まちあるき

石炭産業の死滅 ― 怒りと絶望と誇りと

  1996年公開のこの映画は、20世紀末(1980年代後半以降)、衰退と死滅の淵にあったブリテンの石炭産業の惨状を背景に、ブラスバンド音楽に自己の尊厳とアイデンティティの拠り所を求めた人びとの姿を描いています。
  そこには、国営だった石炭産業が民営化されたけれども化石燃料エネルギー構造の転換の荒波のなかで、もはや収益性を維持できなくなり、炭鉱を経営していた民間企業が資本を鉱山から引き揚げて別の産業――主に金融業――に移しかえるしかなくなったという経済状況が写し出されています。民営化されたら、私的資本の論理によって収益性のない事業からの撤退は容易になったのです。この資本の移転を半ば強制的に誘導したのはサッチャー政権でした。
  ところが、長期的視野で見ると金融資本の過剰な蓄積・集積は、むしろ産業成長の条件を根こそぎ奪い取り、将来の実体経済の成長の可能性を奪い取ってしまうことになりました。そして、ついには利子形態での金融利得の可能性すら堀り崩してしまうです。それは金融資産や資産としての貨幣の意味を切り崩してしまうことにつながります。

  日本では、――マスメディアの世界では――サッチャー政権とその政策サッチャリズムは衰退しつつあるブリテンの経済を立て直したと評価されています。けれども、頑迷な新自由主義の先駆がサッチャリズムです。日銀がマイナス金利政策を打ち出すほどに経済衰退と金融危機が明らかになった日本では、しだいにサッチャリズムの評価が変化しつつあるようです。
  このサイトでは、サッチャリズムに対して批判的な立場を取ってきました。たとえば『マダム・スザーツカ』の記事を読んでいただければ、私の批判的な視点がわかるでしょう。
  サッチャリズムはブリテンの経済を過度に金融資本主義に傾斜させるもので、結局のところ、現在のブリテンの経済的危機と停滞の原因の多くをもたらしました。そして、医療保険制度や社会福祉制度、公教育をめぐる未曾有の財政危機に直面することになりました。
  とはいえ、あの時点でサッチャリズムのほかに――支配階級にとっては――現実的な政治的選択肢はなかったのかもしれないのですが。人口減少に歯止めが利かない日本も同じ轍の上を進んでいて、もはや後戻りができなくなっているようです――どれほど「経済成長」を願おうが、もはや縮小均衡と衰退の道しか残されていないようです。

  「先進国」としての地位が危うくなって金融への特化を選択し、産業の構造的衰退の道にはまり、未来に閉塞状況をもたらす。そんな状況をめぐってブリテンの後追いをしているような日本にとって、この映画が描く状況は切実感に富んでいます。
  「われわれは自己の尊厳を守るためにどのように生きるべきか」 そんなことを考えながら見てほしい作品です。

原題について

  原題は Brassed Off 。頭につく動名詞 Being または Getting が省略されているようです。「ブラス・オフ」にはさまざまな意味があります。「とことん闘う」「とことん酷い目に遭う」「辟易する」あるいは「のめり込む」などの意味があります。
  映像物語の状況設定や筋立てから考えると、それらのどれにも当てはまるでしょう。「とことんブラスバンドにのめり込む」「政府の産業政策にとことん抗う」「サッチャー政権の政策に徹底的に叩きのめされる」「敗北した労働組合運動に愛想を尽かす」「炭鉱会社の裏切り、汚いやり口にうんざりする」ということでしょうか。
  ブラスバンドが主人公なので、そのブラスと懸けたのであろうことも、推察できますね。

  原題のついでに、どうでもいいようなトゥリビアルな知識を添えておきましょう。
  物語の主な舞台となるブリテン北部のヨークシャー Yorkshire 。ヨーク州という地名についている shire は中世イングランド王国(アングル=ザクセン王朝期)の統治管区を意味します。古くは「シャイア」と発音しました。
  中世前期、北欧ゲルマン諸族の移民・植民によってイングランド各地にいくつもの小王国(侯国)が形成されましたが、8、9世紀頃から有力王権による統合が進み、やがて小王国は有力王権の地方行政管区と位置づけられることになりました。
  そして、11世紀にノルマンディー公(フランス北西部の有力君侯)によるイングランドの征服が展開され、ノルマン王権が成立すると、この地方行政管区は王権によって叙任された有力な上級伯――ただし王に直属するバロン――が長官(総督) Sheriff として統治する管区(州)となりました。
  ブリテン国内で「○○シャー」と呼ばれる地名は、そういう歴史を持っています。

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