さて、演奏が終わると、ダニーは「素晴らしい演奏だ!」と賞賛しました。
バンドの全員が拍手。賞賛の声。
ダニーがグロリアに問いかけました。
「週末の予定は?
あいているんだね。
では、メンバーに加わってサドルワースに行こうよ。ここいらの14の町のバンドが集合してイグジビション大会があるんだ。賞金も出る。勝てばバンドの懐具合が大いに改善するはずだ」
グロリアのフリューゲルの音色は、炭坑の絶望的な運命に打ちひしがれて落ち込んでまとまらなかったバンドに一抹の勇気と希望を与えました。そのために、グロリアの演奏もさることながら、バンドとしての演奏全体が見違えるように立派になりました。ダニーは新たなメンバー獲得に大きな可能性を嗅ぎ取ったのです。
たったひとつの凛とした音の響きが加わるだけで、楽団の演奏全体がひときわ輝く場合もあるらしい。そして、そのアンサンブルが――とりわけ心が萎えかけている――人びとに自己の尊厳や勇気を与えることもあるようです。
芸術の素晴らしさは、出会ったその一瞬で想像力をインスパイアさせ、弱り切った心、諦めに支配された心に活力を吹き込むことも多いのです。
しかし、美しいアンサンブルの響きは一時のものにすぎなかったようです。週末までのあいだには、深刻な状況が町とバンドメンバーに襲いかかってきたのです。
フィルは、生活の困窮から来るサンドラの怒りをまともに受け続けていました。サンドラは家事も子供たちの世話も放り出して「息抜き」に出ていってしまったのです。しかも、その直後に高利貸しが屈強な大男を引き連れて借金の取り立てにやって来ました。
ことほどさように、ほかのメンバーも追い詰められていきました。
その夜、労働組合の集会がありました。
組合の幹部が、その日までの経営側との交渉の結果を報告し、投票では閉鎖と解雇に反対する態度を表明して経営陣に炭坑閉鎖の方針の転換を迫るように組合員に要望したのです。
ところが、交渉経過の具体的な内容を知ると、組合員は全員、一様に大きな動揺を示しました。
というのは、今の時点で解雇に応じれば、手当補償金として1万8000ポンドにさらに特別手当5000ポンドを上乗するという提案を経営側が示してきたからです。そして、この機を逃すと、退職手当は1万3000ポンドに減額されるというのです。
要するに、買収と脅迫です――飴と鞭。退職にともなう補償金額が高いうちに、炭坑の閉鎖と解雇に応じろというわけです。
これによって、7割以上の組合員の闘争心はすっかり挫けてしまったようです。