楽団解散の危機を乗り越えたグリムリー・コリアリー・バンドのメンバーは、仲間のありがたさ、絆の大切さを噛みしめて決勝に臨みました。そして、音楽を演奏でき、聴衆に聴いてもらえるありがたさ、そういうものを実感していました。
さらに、弱点の修正や演奏の要点をことごとく押さえたダニーの指揮者用のスコア。
演奏の途中からは、病院をこっそり抜け出したダニーが応援にかけつけました。
メンバーの妻たちも駈けつけて応援しました。サンドラと子どもたちは、素晴らしい演奏をするフィルを応援し、尊敬の目で見ていました。
というわけで、グリムリー・コリアリーは優勝することができました。
表彰式で、いよいよ優勝カップがグリムリーに渡される段になりました。進み出たのは、指揮者のハリーではなく、正規のバンドリーダー、ダニーでした。
ところが、ダニーは優勝カップの受け取りを拒んで、演説を始めました。
「政府と大企業は、こういう素晴らしい演奏をするメンバーの職場と仕事を奪い去ろうとしてきたんだ。炭坑は閉鎖され、町は沈滞のどん底に陥っている。多くの仲間たちが、仕事や収入の道を失って苦悩している……!」と。
満場の観衆は、素晴らしい演奏のあとにダニーの悲痛な異議申し立てを聴いて、うなづき合いました。というのも、政府の酷薄さと大企業や金融資本の残酷さを、彼ら自身身をもって日々痛感しているからです。
ダニーの演説が終わると、渡す相手がいなくなったと思った審査委員長は、カップを持って立ちつくしてしまいました。だが、それも一瞬のこと。横からハリーがカップをさらうようにもぎ取っていきました。
「彼は優勝カップは受け取らないと言ったじゃないか」
「いや、俺たちは違うよ。受け取るさ」 というささやかな論争があったようです。
その夜、バンドのメンバーは妻たちとともに、ロンドン名物2階建てバス――その頃は屋根がない遊覧バス型が主流でした――に乗って、凱旋パレイドを決め込みました。
そのうち、ダニーが言い出しました。
「さあ、演奏を始めるぞ。準備はいいか。
エルガーの『威風堂々行進曲 Pomp and Circumstance Marches, No.1 in D Major 』だ」
バスは『威風堂々行進曲』を奏でるバンドメンバーを乗せて、ロンドンの中心街を走ります。ウェストミンスターやシティのメインストリートを。サッチャー政権と金融資本の牙城を目の前で、衰退し切った地方都市グリムリーのブラスバンドがブリテン人の心の砦ともいうべき曲を奏でながら。
彼らは、炭坑労働者の心意気と自分たちの尊厳を表現したかったのかもしれません。……これが最終場面です。
「ヨークシャーの男は自分の気持ちを表そうとしない――無愛想だ、本音を言わない――」というのが、エンディングのキャッチコピーです。苦境にあっても尊厳ある沈黙を守る……それはこの曲の作曲者エドワード・エルガーの生き方でもあったようです。