ブラス! 目次
石炭産業の死滅
原題について
見どころ
あらすじ
炭鉱産業のスクラップ化
グリムリー・コリアリー楽団
アランフェス協奏曲
されど厳しい現実
サドルワースで
グローリアの仕事
追い詰められたフィル
投票結果
バンドの「再生」
連帯する妻たち
サンドラの決意
優勝、そしてダニー・・・
産業構造の転換と石炭産業の死滅
  エネルギー構造の転換
ブリテンの石炭産業の歴史
  森林の枯渇と石炭産業
歴史的情景の描写記録として
おススメのサイト
ブリテンが舞台の映画
ダイヤモンドラッシュ
マダム・スザーツカ
アバウト・ア・ボーイ
のどかな信州の旅だより
信州まちあるき

■■ブリテンの石炭産業の歴史■■

  この作品では、ブリテン政府による石炭産業の死滅政策のインパクトが背景となっているのだが、そもそもブリテンの石炭産業の歴史は、人類史的に見ると、きわめて皮肉な運命を担っています。資本主義的生産様式の悲惨な側面を集中的に体現している、とでも表現できます。
  日本では明治期の殖産興業政策のモデルとなったために「産業革命」と「市民革命」の母国として、公教育の歴史では「理想的」に描かれているブリテンだが、もっとその実態に迫って眺めてみましょう。

■商人たちの政治的結集■
  ブリテンは、13世紀から17世紀まで、ヨーロッパ大陸――西フランク〜フランス王国――に従属的する辺境属領・植民地ともいうべき地位を脱出・克服しようとしてきました。その頃、大陸との貿易は、イングランド王から独占的に通商特権を与えられたイタリア商人や北ドイツのハンザ商人たちが牛耳っていました。イングランド域内の商人たちは、ヨーロッパ大陸の商業資本による支配から離脱して、自立的な貿易体制を打ち立てようとしてきました。
  この役割を中核的に担ったのが、ロンドンを中心とする商人団体でした。
  たとえばロンドンやブリストルの有力商人たちは、冒険商人組合マーチャント・アドヴェンチャラーズを結成して、イングランド王権に巨額の献金(運上金=税)を支払って、外国貿易特権と国内での卸売特権、金融特権などを獲得して、それまで王権に取り入っていたイタリアの大金融商人・貿易商人、ハンザ同盟の商人団体をしだいに押しのけて、域内の製造業への支配・統制権を確保していきました。

  17世紀前半までの頃は、王権が域内の商人や製造業を保護して課税基盤や軍事力の基盤として育成するというような思想はありませんでした。どこの王権も、一番気前よく賦課金の上納をする商人団体を優遇し、最優位を与えていたのです。これを王室財政主義カメラーリズム Cammeralism / Kammeralismus と呼みます。
  この語は、ドイツ語が起源で、王室の財政官房をカンマー Kammer ということから来ています。王の財務顧問として王室の財務運営を担うのが財務官カメラリスト kammeralist だったのです。


  さて、ブリテンの商業資本(貿易業者や金融業者)はしだいに王家の周囲に結集し、有力貴族との政治的・財政的同盟を組織しながら、域内の製造業の選別的な育成を進めました。地主貴族たちが広大な牧羊地を確保するために「囲い込み」を強行したのも、フランデルンと競争しながら、域内の毛織物産業が急成長し始めた頃でした。
  ばじめのうちイングランド地場商人たちは、イタリア人貿易商やハンザ貿易商のために域内の羊毛を買付け集荷する業務を下請けしていましたが、しだいに王権から特権を買い取って輸出事業に進出していきました。そして、地場の毛織物産業――粗織布の製造――を育成し始めました。
  それでも、高級羊毛製品の付加加工や仕上工程・デザイン――染色や縮絨、仕上げ裁ち縫いなど――はブリュージュやアントウェルペンが独占していて、ブリテンは毛織物を素材部品=中間製品として低価格で輸出するしかなかったのです。

  ところが、やがてブリテン商人は、大衆向けの低級羊毛製品(衣服・下着・靴下など)を次々に開発して、フランデルンよりも劣位の製造技術でも――単位製品当たりの利潤率は低いけれども大量に販売される大衆市場を獲得することで――総体として巨額の利潤を獲得する方途を開拓しました。ドイツやフランス、そのほかのヨーロッパでも広大な市場を獲得したのです。
  熟練した職人たちの工房での製造は、やがて洗練された道具や機械を用いてそこそこの大量生産をするための大がかりな工房=工場での生産へと変化していきました。格安品は速く大量に製造しなければならないからです。

■プロト産業革命■
  一方、イングランド商人が自ら組織化する自立的な世界貿易への挑戦とともに商用船舶の建造業が発達し、ことに当時は海賊=私掠活動は正規の交易活動の一部だったから、船団の軍事的保護のためにも、王権と諸都市の商業団体の威信や権威を高めるためにも、強力な艦隊が必要となりました。航続距離の長い商船のほとんどは武装していました。
  造船――軍備を施した船舶の製造――と航海事業は、当時のヨーロッパの最先端産業だったので、貿易活動(航海技術の開拓)の活発化は、機械工業とかテクノロジーの急速な発展を促しました。皮肉なことに、人類の工業技術の飛躍的進化をもたらしたのは、火薬と兵器(銃・大砲など)、そして軍艦でした。
  というようなしだいで、ブリテンでは14世紀から緩やかな工業化への道が始まりました。16世紀には「プロト産業革命」というような製造業・工業技術の発達が顕著になっていました。道具の機械の部品には大量の鉄が用いられるようになりました。
  つまりは、製鉄業の急速な発達がプロト産業革命を支えていたのです。

  鉄鉱石の製錬(酸化鉄・硫化鉄の還元とか鍛造)のためには、大量の炭素燃料が必要となります。すなわち木炭が。還元剤としての炭素、熱源としての炭素が大量に必要となったのです。
  というわけで、ブリテン中の森林が伐採され、製造業地帯に運ばれ、燃やされました。
  14世紀から18世紀まで、4世紀間以上も、ブリテンの森林は乱暴乱脈に伐採され続けました。もちろん、日本のように植林という思想やテクノロジーはありません。伐採される一方でした。

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