まるまる1週間、ラホンタン郡での調査に駆けずり回ったエリンが、翌週、エドワードの法律事務所に顔を出した。
ところが職員たちは、エリンが1週間事務所にいなかったのは、休暇を取っていたものと思い込んで憤慨していた。エドワードにいたっては、エリンが怠惰で欠勤したものと判断していた。というのも、エリンは、この間、事務所やエドワードに何の連絡や報告をもしなかったからだ。
要するに、エリンは組織だった企業で働いたことがないから、経営組織のルールや服務規律についてまるきり無知だったのだ。つまり、職務にさいしての常識や約束ごとをまるきり理解していなかったから、規則や規律を破っていたことになってしまった。
普段は穏やかなエドワードだが憤慨のあまり、エリンを即刻解雇してしまった。強く抗議したものの職場を追い出され、落胆したエリンは家に戻った。
落ち込んだエリンを慰めたのは、ジョージだった。子どもたちに対する彼の献身的な世話に、実のところ深く感謝しているエリンは、ジョージの優しさを受け入れ、愛し合うようになる。やはり心のよりどころが必要なのだ。
けれども、失業したエリンは、郵送されてきた請求書や支払督促状の山を見て嘆息、とにかく仕事探しを始めた。世は就職難で、求人情報専門紙――アメリカの大都市では、普通の新聞に折り込まれてフリーペイパーとして配達される――の募集欄には、キャリアや学歴のないエリンが応募できる仕事はほとんどない。
ところがエリンは、ただちに法律事務所に復帰することになった。
ベスを相手に厳しい世の中を嘆いていると、ドアの呼び鈴が鳴った。さては、宝くじが当たったかと期待してドアを開けた。が、訪問者はエドワード・マスリーだった。「こりゃ、大はずれだ」とエリンはがっくり。
だが、エドワードはエリンを迎えに来たのだ。
というのは、事務所にUCLAの化学教授から電話があって、エリンが先週いっぱいラホンタン郡での水質汚染と健康被害との関連を必死に調査していたことを知ったからだ。教授の話によると、汚染源はPG&Eの工場で、巨大な資産を保有する企業だ。
エドワードの頭には、大企業を相手に、環境汚染の弱みを突いて、汚染被害者の住宅を思い切り高く売りつける戦術が閃いた。
つまり、下世話な言い方だが、エリンは「宝の山を掘り当てた」のだ。事情通のエリンを事務所に復帰させて、交渉作戦を練らなければならない。というわけだ。
エドワードは、エリンの家に上がりこんで、エリンが集めた資料を見せてもらいながら、状況の説明を求めた。エリンは情報を小出しに説明する。
そして、事務所への復帰にさいして雇用条件の大幅改善を要求した。弁護士顔負けの、したたかな――つまり、相手の弱みに巧みにつけ込む――交渉術を繰り広げた。結局、給与は10%アップ、医療保険そのほか福利厚生の完全支給を勝ち取った。
エリンを織場復帰させると法律事務所としての作戦会議を開き、エドワードはエリンに、再度、水道管理局に出向いて、水質汚染関係の資料を発掘してコピーしてくることを命じた。翌日、エリンは3人の子どもを連れて、管理局に押しかけた。
職員は、PG&Eの圧力を受けた水道局の幹部から、エリンの活動を妨害するように指示を受けていたが、子ども連れで戦線を組んだエリンに押し切られて、妨害は何もできなかった。
こうして水質汚染の根拠となる資料を集めたエリンは、ジェンセン家を再訪した。そして、ドナの健康問題を話し合った。やはり深刻な事態が発生していた。
だが、ドナを診断した地元の医者は、きわめて楽観的な――というよりもむしろ虚偽の――診察結果を見立てていた。PG&Eに完全に買収されているのだ。
エリンの説明を聞いたドナは、庭へ駆け出して、水道水いっぱいのプールで遊んでいる子どもたちにすぐプールから出るように警告した。PG&Eの汚いやり方や汚染した地下水の危険性を深刻に受け止めたのだ。