ドクター その６
マッキーの病状と治療法
さて、マッキーの容態の話に戻ろう。
今後の治療方法を検討するために、女性医師は腫瘍のリンパ系への転移の有無を検査することにした。ＣＴ・ＭＲＩ検査がおこなわれた。マッキーは優秀な医師だけに、リンパ系への転移があれば、状況は深刻で、治療はかなり大がかりになることを知っている。
そこで、検査結果が出るまで、不安な毎日が続いた。
普通の患者たちは、医学知識もないし、病院のシステムも知らないし、もっとずっと不安な気分になるに違いない。そんなことも実感したマッキーだった。そして、結果が悪い場合には、医師は患者に事実をありのままに伝えないこともあるを、彼は知っている。
それで、結果を聞くのは怖いながらも、早く知りたかった。で、ある日、職場に出勤してくると、同僚のマレイに、手術の計画を立てるためとか何とか言ってレズリー医師にマッキーの検査結果を知りたいといって、診断結果を教えてもらってくれと頼み込んだ。マレイは内線電話で、レズリーに尋ねた。
だが、「患者の家族や本人以外には伝えることはできない」と突っぱねられた。それを見ていたマッキーは、「頼んだのは自分だ。結果を早く知りたくて。だから、早く教えてくれ」と頼んだ。レズリーは結果を伝えた。「リンパへの転移は見られない」という結果だった。
マッキーは飛び上がって大喜びした。妻にも急いで電話連絡した。
それにしても、結果待ち時間のあいだにずっと不安な日々を過ごす患者の立場を経験した。
ということで、腫瘍はまだ軽い初期症状なので、レズリー医師は、切除手術ではなく、１週間の放射線治療でかなり腫瘍を縮小させることができるのではないか、と診断を下した。
というわけで、翌日からマッキーはヴェテランの黒人の放射線治療技師の手当てを受けることになった。
患者でもある医師として
マッキーは、普通の生活スタイルを維持したいということで、外科医としての医療活動を一定時間帯に限って継続した。有能な医師が少ないということで、病院側も医療活動継続を認めた。
けれども、自ら喉頭ガン患者として不安や苦悩を味わっているので、患者の立場をより深く理解する医師として診療・治療にあたるようになった。
マッキーが担当している心臓疾患の患者のなかに、ヒスパニック系の中年男性がいた。ヒスパニック系には典型的な敬虔なカトリック信者だ。この男性は、マッキーが専門医ではあるが患者と対等の立場（パリティ）に立っていることを感じてか、現在の心境を漏らした。
「私はドナーの臓器を待つ立場です。でも、それは、移植する心臓が手に入るという私の幸運は、ドナーとなる人にとっては突然の災厄ということですよね。直前まで元気に生活していたのに、事故や災害で突然人生を断たれてしまうのですから。
早く心臓が手に入りますようにと祈ることは、他人の悲劇を待つということになってしまいます。複雑な心境です…」
マッキーは、ただ「そうですね」と言って、患者の心をそのまま受け入れた。
「美しい心 mind の持ち主は、美しい心臓 heart を持っているという言い伝えがあります。私は、美しい心臓の持ち主になりたい」と患者が言うと 「そうなるといいですね」と答えた。
専門家としての「高い位置」からの説得や慰めをおこなうよりも、まず患者の気持ちをありのままに受け入れ、共感し、ともに悩む姿勢が必要なときもある。
会話の内容それ自体が問題なのではない。患者よりも数段高いところにいて、患者が話しにくい医師ではなく、患者が気軽に話しかけてくれるような雰囲気をつくること、それが大切なのだ。患者の考えを正したり、正しい答えを返すこと（もちろん、場合によってはそれが重要だが）よりも、患者が自分らしさを保つようにすることが大事な場合もある。
マッキーは、自分自身も含めて、医師や看護師、技師などの病院スタッフが、患者の立場や心理にどれだけ配慮して行動しているかを点検し始めた。
ホーム
|
copyright©2015 All Rights about the Contents are reserved by Office-Townwalk |