こうした初動捜査を受けて、フォイルは引き続いてミルナーとともにホワイトフェザー・ホテルを調べることにした。
おりしも、ホテルではフライデイ・クラブの集会が開かれることになり、クラブのメンバーたちが訪れていた。フライデイ・クラブの集会はこのホテルで頻繁に開催されてきたようだ。
フォイルは、クラブの主宰者、スペンサーに話を聞いた。
すると、彼がかなり強硬な親ナチス・反ユダヤ主義者で、全国各地で講演会や集会を開催してドイツとの戦争に反対する運動を組織化しようとしていることを知った。
フォイルの気に障ったのは、スペンサーがこの運動によって巨額の寄付金や支援金を集めていて、しかも親ナチス運動を「平和運動」として盛り上げようとしていることだった。
そのスペンサーは自己顕示欲の強そうに、優越感たっぷりの態度でフォイルに言い放った。
「あと1週間もしないうちにドイツ軍がブリテン島に侵攻してきて征服するだろう。そうなれば、君たち警察官も皆解雇だ。犯罪捜査もできなくなるだろう」
その主張は、まさに電話線を切ったイーディスが取り調べのなかでまるで暗誦するように言い募った言葉そのものだった。だとすると、イーディスはフライデイ・クラブの思想に影響されているようだ。
ところで、スペンサーが自慢げに話したように、このクラブのメンバーのほとんどは富裕なエリート層だった。メンバーとしてこの日ホテルに滞在していたのは、有力な貴族院議員、アーネスト・バナーマン夫妻、王族とも関係の深いエドワード・モーズレイ(伯爵の御曹司)夫妻などだった。
そのなかには、名門家門の令嬢で、外務大臣ハリファックス卿の直属の部下である外務省職員、ロウズマリー・ハーウッドもいた。
彼らは寄ると集まると、ユダヤ人の悪口を言い合って留飲を下げているようだった。
スペンサーは、ブリテンのエリート層の厚い支援を受けていることを明言し、フォイルたちの捜査を妨げるような圧力をかけてきた。
ところが、ミルナーに対しては親しげに声をかけてきた。フォイルがミルナーに知り合いかと尋ねると、「先頃、たまたま集会に参加して話をしました」と返答した。フォイルはスペンサーに強い反感を抱いたようだが、ミルナーはアンビヴァレントな心理状態にあるようだ。
この物語では、「フライデイ・クラブ」は、1939~40年にかけての政府の防衛令 Defence Regulations で活動を禁止された「英国ファシスト連盟 British Union of Fascists : BUF )の残党が、反戦運動の形をとって展開した反ユダヤ・親ナチズム運動として描いている。軍情報部はそのような脅威としてフライデイ・クラブを監視しているというのだ。
ところで、英国ファシスト連盟には数多くの有力貴族や富裕層が参加していた。この物語のなかで、フライデイ・クラブの会員や後援者にエリートが多いという設定にしたのも、そういう時代背景を考慮してのことだと思われる。