ある日、ヘイスティングズの街中でフォイルは軍情報部の男に呼び止められ、同行を求められた。半ば強引にクルマに乗せられて、そのままロンドンの官庁街に向かった。
男が案内したのは、軍情報部のオフィスだった。この組織は首相直属の公安情報機関だ。
オフィスには男の上官(大佐)が待ち構えていて、フォイルにフライデイ・クラブに関する情報を提供して相談を持ちかけた。
大佐によると、スペンサーは――政府によって活動を禁止された――英国ファシスト連盟の流れをくむ極右翼で、親ナチス・反ユダヤ主義思想を振りまきながらブリテンの対独戦からの撤退を求める反戦運動を繰り広げているという。
スペンサーは、ブリテンと国交があるスペインとの結びつきをつうじてナチス・ドイツとの関係を築いているらしい。
フライデイ・クラブのメンバーには、富裕な貴族や政治的有力者が多いという。
政府首脳と軍情報部はスペンサーとフライデイ・クラブを極秘に――極秘にしたのは政府や議会の有力者のなかに親ナチス派がいるため――監視し、組織の内部に捜査官を潜入させて探っているのだが、現在、ブリテンの政府を脅かしそうな事件が進行中なのだという。
大佐によれば、その事件とは、前の政権、チェンバレン内閣の外務大臣で、チャーチル内閣でも外相の地位にとどまっているハリファックス卿の書簡が盗まれたというものだった。ハリファックスは、ナチスに対しては一貫して融和的な態度をとっていたが先頃、ドイツとの講和交渉の仲介を依頼する書簡をイタリアの外務大臣あてに書いた。とはいえ、書簡を発送する前にチェンバレン内閣が倒れ、書簡はハリファックスの手許にあった。
ところが、その手紙が盗み出されてしまい、フライデイ・クラブに渡ったものと見られるという。しかも、クラブの主宰者、スペンサーはその手紙をドイツに渡し、ブリテンの支配層と内閣の分裂と弱腰を暴露する宣伝に使わせようとしているらしい。
フライデイ・クラブのメンバーには、ハリファックス外相の直属の秘書、ハーウッド女史がいることから、軍情報部は彼女が書簡を盗み出したものと見ている。
アンダーカヴァーの捜査官がスペンサーの助手のフレミングとして潜入していて、手紙の隠し場所を調べているが、まだ探り出せていないという。
そのため、大佐はフォイルにもう一度徹底的にホテルとフライデイ・クラブの会員の手荷物を捜査し直してくれと手紙捜索の協力を依頼した。
ナチス政権に対して宥和的な政策を続けてきたチェンバレン――政治的に指導的な有力貴族の大半がそうだったのだが――は、ナチス・ドイツの西欧ならびに北欧への侵略に対する対応が遅れた。そして、ノルウェイへの派兵を含む北欧戦線での惨敗の責任を取って辞職し、チャーチルが後任首相となった。
ことほどさように、ブリテンの支配階級は左翼や社会主義への対抗を最優先していたため、ナイス・ドイツの膨張政策への手立てがすべて後手に回っていた。
さらに、富裕な貴族層のなかにはナチズムに強い親近感を抱いて、ブリテンのレジームを組み換えて、政府の専権を強化し、市民の参政権や議会の権限を制限・縮小しようと考えるものが多かった。
つまり、ブリテンの支配層はナチスへの対応をめぐって内部に深刻な分裂と動揺、弱腰を抱えていたのだ。 むしろ支配階級のなかにこそ、ファシストや親ナチズム・反ユダヤ主義の跳梁を許す温床があったわけだ。
そういう彼らは、旧態依然の特権を維持しながら戦時統制を敷き、一般市民には耐乏生活や軍役を呼びかけてきた。
一方、イアンとデイヴィッド父子のような額に汗して働く庶民は、戦時下の窮乏生活に耐えた上に、ダンケルクからの英軍撤退のための危険な任務に命がけで参加している。この撤退も、歴代内閣の戦略的失敗がもたらした帰結だった。
このドラマは、ことほどさようにブリテンの政治体制下におけるエリートの専横や傲慢さと庶民の健気さを明白に対比している――そこにこのドラマの制作陣のメッセイジが込められていると思われる。
さて、フォイルは翌日の早朝から多数の警察官を率いてホテルの一斉捜索をおこなった。クラブのメンバーの持ち物の隅々まで念入りに調べさせた。
メンバーからの抗議や苦情に対しては「殺人事件の捜査ですからね、やむをえません」と突き放した返答を返した。 しかし、ハリファックス卿の手紙らしいものは見つからなかった。
スぺンサーはよほどに巧妙な隠し場所を見つけたらしい。