■原題 The White Feather ■
第2話の原題は The White Feather 。
事件の舞台となるホテルの名前が「ホワイトフェザー」なのだ。きわめて意味深長な題名だ。邦題の「臆病者」は、その深い意味合いを非常にうまく表現している。
現代の直接の意味は「白い羽毛」。
ところが、この白い羽毛とは、ホテルの主人の性格や心理を表しているのだろう。妻の鼻息で軽く中空に吹き飛ばされ翻弄されるほどに気が小さいホテルの亭主は、妻に怯え、妻の言うことにただ従うしかない――そういう含意だろう。
そして、自分の身の周りでに吹く風に羽毛のように翻弄されながら、その追い詰められた心がに憎悪を生み、昂じて殺意を生み出していく様をほのめかしている。
ヘイスティングズ署の刑事部門ではフォイルとミルナー、サマンサの3人のティームができ上った。第2話では、事件の捜査と関連・並行して、過酷な戦場で右足を失ったミルナーの心の葛藤が描かれる。
第1話でフォイルは、元巡査部長のミルナーを部下になるよう誘い続けた。しかし、ミルナーは戦場で左脚を失って帰還したものの、悲惨な戦場体験と重い身体障害で半ば茫然自失というか自暴自棄になっていて、はじめのうちフォイルの誘いを拒んだ。
そこで、フォイルはミルナーに捜査の資料を呼んでもらって助言を求めることにした。ミルナーの観察力や洞察力を評価していたからだ。
その捜査のなかで、ミルナーは事件の背景や流れについてなかなか鋭い洞察を示した。その結果、巡査部長として警察に復帰してフォイルの部下=助手となった。
犯罪捜査に少しずつ「やりがい」を感じながらも、国家によってもはや手の施しようのないほど悲惨な戦場に送られて、反撃すらままならずドイツ軍の容赦ない攻撃で一方的に打ち砕かれ、重傷を負って帰国し、片足を失ってしまった過酷な経験を引きずっている。
運よく、フォイルによって捜査官として職場復帰できたとはいえ、片足を失っているという身体の障害と戦場体験による心の障害に苛まれ続けているのだ。
そして今また、海峡の対岸、ベルギー戦線ダンケルクで、ブリテン軍はドイツ軍に粉砕されつつある。ブリテン政府はなぜもはや手遅れの――ドイツ軍の圧倒的優越が動きようもない――絶望的な戦場に多くの若者を送り込んで、あたら死傷者を増やすのか。ドイツに対してまともな反撃ができずに、兵士を死地に送り込み、ただブリテンの「不退転」の意思を示すだけでしかない。
ミルナーは、あたも消耗品のように投入される若い兵員たちにあまりに過酷な運命を強いるブリテン国家に対して不信感を抱いているのだ。
深刻な事情を抱えるミルナーとは対照的に描かれる運転手のサマンサ。
サンマンサはチャーミングでしかも利発さと活発さを兼ね備え、独特の茶目っ気があって魅力的だ。若い女性への事情聴取にさいしては、機転を利かせて若い女性どうしの気楽なお喋りを演じてフォイルを手伝ったり、お転婆ぶりを発揮して容疑者の捕縛に手を貸したりする。
気前のいい上司のフォイルとのランチをことのほか喜び、フォイルが残したサンドウィッチも食べて、若い健康的な女性として旺盛な食欲を見せつける。
というわけで、警視正フォイル、ミルナー巡査部長、サマンサ運転手の3人はそれぞれの個性を生かして絶妙のティームワークを生み出していく。
第2話でも、ナチス・ドイツと戦うブリテン国民はけっして一枚岩ではなく、とりわけ支配層・エリートのなかにこそ、彼らの特権意識や利害ゆえに分裂や動揺、さらには背信行為(裏切り)が根強く存在していることを描き出す。しかも、親ナチス・反ユダヤ運動を指導する人物は、そういう政治思想と運動を自らの蓄財に利用している「食わせ物」である。
エリートや一般民衆のなかにも反ユダヤ主義が浸透している様子、そういう反目に怯えるユダヤ系の人びとの恐怖も描き出している。
このように、このドラマは、戦時中すなわち戦時体制下のブリテンという国民国家の社会状況・内部事情を内側から描き出している。人びとの苦悩に加えて、戦時という危機にすら乗じて利得を得ようとする人物たちの浅ましさをも鋭く描いている。その意味では、ヨーロッパ諸国家の戦争というものを個別国家の内部構造から分析するという点で、戦争史・軍事史を社会史的な側面から補うというきわめて重要な役割を果たしている。
さて、ドイツ軍はまたたくまにヨーロッパを席巻して、ブリテンに講和を迫ってきた。ところがチャーチルは講和を拒否し、大陸にドイツに対抗して援軍を派遣したが、ことごとく敗北した。
こうして、ドイツ軍のブリテン諸島侵略が現実味を帯びてきた。
これまで世界経済の覇権を握っていて、ヨーロッパ大陸や地中海、中東・アフリカなどに巨大な利権を保有するブリテン国家。これに対して急速に台頭したドイツは、勢力圏の再分割を要求し、ブリテンの権益譲歩を強要しているのだ。イギリス政府はドイツとの対決姿勢を掲げるが、情勢はきわめて不利なように見えた。
ところが、国内には戦争反対を主張する親ナチスの反ユダヤ主義団体も存在し活動していた。「フライデイ・クラブ」もその一つだった。このクラブは、非公式に各地で集会を開催し、会員の拡大や宣伝を展開していた。彼らは、ブリテンは譲歩してヨーロッパ大陸でのドイツの権益を認め、世界各地の勢力圏と権益を強国ドイツと分け合えばいいではないかと主張していたのだ。