さて、物語の少し時間を戻そう。
トラック運転手殺害の報を受けてフォイルたちが自動車で出かけようとしたとき、サマンサは少し消耗した顔つきだった。
フォイルが体調が悪いのかと尋ねたところ、サマンサはこう答えた。
「明日、牧師をしている私の父が訪ねてくるんです。父は私の仕事が気に入らなくて、私を連れ戻そうとしています」
サマンサの父親、イーエイン・ステュアートはイングランド教会の牧師をしている。仕事上の立場からして、考え方は保守的でかつ厳格だ。
とはいえ、若い娘たちが男たちに交じって働くことに関して深刻な懸念を抱き、自分の娘なら親の手許に呼び戻そうと考えるのは、ステュアート神父だけではなかった。若い娘の親の世代は、父親も母親も、娘たちの身を心から心配していたのだ。
というのは、それまで男女が同じ職場で働くという環境はごく限られていたが、女性のさまざまな職場への進出は、一方で女性の社会的解放や自立化を促す条件でもあったが、他方で深刻な男女間のトラブルをもたらしていたからだ。
そして、わが娘の職業選択に関して父親たちが厳格に干渉してくるのは、ごく当然と見られていた時代だった。
戦争で民間でも政府でも軍でも人材が大いに不足していた。そのため、あらゆる分野に女性が進出することになった。
だが、女性たち自身も、周りの男性たちも、ともに同じ職場で働くという環境に慣れていなかったし、いわばモラルが揺らいでしまったため、異性間ということで数多くのトラブルが発生していた。
ことに若い女性たちが結婚する約束もなく性交渉し妊娠して、泣きを見る場合が多かった。
サマンサの父親も、そのことを一番心配していた。
さらに娘が勝手に軍に志願して陸軍の輸送部隊に配属され、しかも今はヘイスティングズという地方都市の警察に出向して運転手をしているのは、どうしても許せなかった。
警察というのは、とりわけて男たちの職場で、殺人や強盗などの暴力的な犯罪に立ち向かいながら捜査をおこなう組織だ。そんななかに愛娘が混じって働くと思うと、心配でたまらなかったのだ。
だから、イーエインはサマンサに「翌々日には一緒に生家に帰る」と一方的に告げた。
そして「お前の母さんが病気で床に伏しがちだ。私自身としても、元気な女手が必要なんだよ」と弱音も吐いた。
さて結局、父親からの自立を志すサマンサは、フォイルに父親と話してもらって、警察の運転手として勤務し続けられるように説得してもらおうと頼み込むことになった。
フォイルは翌日、ステュアート神父と昼食をともにして話を聞いた。すると、サマンサの仕事についての神父の懸念は父親としては当然のことだと感じたので、説得することは諦めた。