ところで、殺されたトラック輸送業者、グレアムはやはり美術品の窃盗事件に関与していた。この犯罪の発覚は、サマンサの父親のステュアート神父の美術史関する深い造詣によるものだった。彼は神学校で美術史を専攻研究したという経歴を持っていた。
ある日、サマンサを訪ねてきたステュアートは、ミルナーが整理している塑像に注目した。それはフランス後期印象派のある画家が制作したブロンズ像だった。貴重なものでかなり高価なものだという。
ステュアートはミルナーにそのことを告げ、出どころを尋ねた。ミルナーは、殺されたグレアムの住居跡の瓦礫のなかから発見されたものだと答えた。
そのほかにも、いくつかの貴重な美術品が発見されていた。ステュアートは美術史に関する該博な知識を駆使して、それらの美術品を鑑識した。瓦礫の下から発見されたものは、すべて基調で高価な美術作品だった。
ということは、グレアムはやはり画廊から運び出した美術品のいくつかを輸送の途中で盗み出していたのだ。そこでフォイルたちはグレアムの住居跡やトラックを入念に捜索した。
こうして、画廊からウェイルズの保管所までの搬送の間に美術品を盗み出す手口が解明された。 学芸員のカーマイクルは照合リストの作成にさいして巧妙なトリックを考え出した。盗み出したい作品をリストに記入しないかわりに、それと勘違いされやすい作品名で登録し、分類記号をごまかしたのだ。
たとえば、あのブロンズ像は「S/塑像」と記録する。この場合のSは、塑像 statue を意味すると同時に素描 sketch をも意味するようにしたのだ。
このときに、本物のスケッチ作品のなかから塑像と別の静物(たとえば果物)を1枚の画用紙に素描したものを同時に登録して、ウィッティントンの姪の点検を受ける。
一方、カーマイクルから盗み出す作品を指示されたグレアムは、トラック荷台のラックを二重壁にしておいて、そこに包装したブロンズ像を隠し込む。そうしておいて、1枚の素描作品の画用紙を2枚に切り分けて、2つの作品にして、それを包装し直してラックにもどす。
ウェイルズの保管所の学芸員は、搬出時に見ていないので、リストの「S/塑像」を「塑像を描いたスケッチ」と解釈して照合することになる。
こうして、画廊と保管先の二重の照合点検をくぐり抜けて、ブロンズ像は盗み出されてしまうのだ。 ロンドンの画廊に赴きカーマイクルを逮捕したフォイルは、盗み出しの動機を聞き出した。学芸員の答えはこうだった。
「作品を売り捌いて大金を手に入れようとしたのではありません。素晴らしい作品を自分のものにしていつでも傍に置いておく、その喜びは何にも代えがたいのです」
ドイツとの戦争が空爆の危機をもたらし、ロンドンの美術品の地方への非難が必要となったのだ。つまり、戦争がカーマイクルの欲望を捻じ曲げて犯罪へと奔らせたということになる。戦争と戦時体制は、市民社会と市民生活の仕組みを強引に組み換えてしまったのが、それはまた、平時とは異なる新たな犯罪の誘発条件をもたらしたことになるのだ。
そういう戦時体制下での犯罪に、権力者からの横やりを撥ねのけて立ち向かうフォイルの姿勢に対してステュアート神父は感銘を受けたようだ。犯罪捜査を担う警察組織の意義と職務の重要性を知ったのだ。だから、娘のサマンサが引き続きフォイルの部下として職務を果たすことを認めた。