山猫 目次
原題と原作について
見どころ
あらすじ
滅びの美学
滅びゆく者
ヴィスコンティの歴史観=人生観
シチリアの歴史
1860年5月
ガリバルディのシチリア遠征
侯爵の浮気心
タンクレーディ
未来を夢見る者
リソルジメントの現実
避暑地ドンナフガータで
新たなエリート
タンクレーディの恋と打算
投票結果の欺瞞
タンクレーディの婚約
カロージェロの評判
タンクレーディの凱旋
タンクレーディの野心
おお、ヴィスコンティ!
滅びの美学
上院議員就任の拒絶
夜会の舞踏会
黄昏を見つめて
《山猫》へのオマージュ
シチリア史の特異性

タンクレーディの野心

  北部の各地の戦線を渡り歩いたタンクレーディは、新生イタリア王国が直面する課題を知ったことで、したたかなリアリストになって帰還した。ガリバルディ軍に合流したときに抱いていた「若者特有の甘い理想」を投げ捨て、民衆からは距離を置くエリートとしてのし上がろうという戦略=野心を思い描いていた。
  だから、ドン・ファブリーツィオには、次のような近況報告をした。

  うわついた革命の理想に酔っていたため粗暴で規律の欠如したガリバルディ軍を離脱して、正規の王軍に乗り換え、それゆえ、いまや反乱・反逆派となったガリバルディ軍を討伐する側に回ったこと。
  「ガリバルディ軍の兵士たちは、破壊と略奪をこととする連中の集まりです。規律も秩序もわきまえない暴漢たちです。いまや彼らは王国の破壊をめざす敵対者です。やつらを鎮圧することも、われわれ王国軍の任務です」タンクレーディは、サリーナ公爵にこう説明した。
  軍組織のなかで、何人ものエリート貴族との知遇を得て、新たな国家のエリートとなる道筋を模索していること。
  いずれ、王国議会が設立されるさいには、下院議員に立候補しようと考えていること。そのためには、アンジェーリカとの結婚で得るはずのカロージェロ・セダーラの資産=経済的権力が物を言うであろうこと。


  ドン・ファブリーツィオは、タンクレーディのしたたかな政治算術に瞠目した。そして、軽い嫉妬=羨望を覚えた。そう、これからは、こういう野心を抱く若者たちが指導者となっていくのだろうと。
  それが、すぐれた才覚を備えた「今風の若者」の生き方なのだろうと。自分も若ければ、そういう時流に乗るはずだろうと。
  だが、今の自分には、そんな野心は湧き起こりそうもないとも。
  それにしても、ごく少数のエリートが、圧倒的多数の民衆を支配する構造自体は何ら変化する兆しもない。ただ、これまでは、公国とか小王国という地方的規模で編成されていたそういうレジームが、今度は国民的規模で、つまり全イタリア的規模で構築されるということだ。

  ここまで見てきた文脈からして、私はたとえば司馬遼太郎などが描く「変革期の英雄群像」には軽い嫌悪感を覚える。新たな国家や秩序を打ち立てようとする若者たちの野望、すなわち、じつは民衆の上に特権的地位をもって君臨する未来の自分を描く野心に目を向けないからだ。きれいごとを並べるだけでは、歴史は描けない。

おお、ヴィスコンティ!

  ところで、タンクレーディとアンジェーリカが恋の駆け引きの場として駆けめぐるドンナフガータのサリーナ公爵邸(パラッツォ)の描き方は、なんと見事なことだろう!
  何しろ、夜会や舞踏会を催す大ホール(大広間)やラウンジのほかに部屋が70近くもある広壮な城館なのだ。少なくとも年に1回は使われている部屋の数は、せいぜい10から15だろう。大半は、公爵自身ももう何年も入ったことも見たこともない状態にある。したがって、使わない家具や備品、絵画や彫刻を無造作に放り込んであるだけで、掃除もしなければ、そこに何が置かれているのかわからない室も何十もあるわけだ。
  あのシーンは、実際に広壮な大貴族の城館で暮らしてことのある者でないと、まず思いつかないし、思いついたとしても映像化することはできない。
  ルキーノ・ヴィスコンティは、子どもの頃、父親の城館のあちこちの部屋を回る冒険をしたに違いない。何年も窓や扉を開けたことのない部屋、ほこりをかぶり、カビや湿気の臭いが漂う部屋。そして、オークションに出せばとてつもない値段がつくであろうような絵画や彫刻、そして陶器や家具が、忘れ去られたように無造作に置かれている部屋。
  ヴィスコンティの作品で大邸宅や君侯貴族の城館を描くときには、彼は自分や家門の所有物としての絵画や彫刻、家具や陶器、備品などを持ち込んで背景を描いたという。このときも、おそらくそういうものもあったのだろう。模造品だとしても、「本物」を知っている彼自身や歴史考証スタッフによって厳しく審査されたものに違いない。
  であればこそ、数瞬のシークェンスとはいえ、大貴族の邸がこれほど圧倒的なリアリティ=存在感をもって描かれるのだ!

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