ICPOは現在、アメリカ合衆国ニューヨーク州のIBBCマンハッタン支店の経済事犯を訴追しようと捜査を進める地区検事局(マンハッタン支局)からの協力要請を受けて、ヨーロッパでIBBCの活動に関する情報優秀(調査)をおこなっている。クレマンの内部告発を受けて、連絡官トーマス・シューマー(トミー)と調整官ルイスがティームで動いていた。
クレマンはIBBCの本部があるルクセンブルクからベルリンに出張する機会をとらえて、ICPOのトミーとコンタクトを取ろうとしたのだ。
IBBCの上級副社長であるクレマンは、これまでIBBCの関係者が何人も行方不明になったり、突発的な事故で死亡している事実を知っていた。彼らはいずれも、IBBCの違法活動――脱税などの犯罪――に絡む証拠や情報を握る者たちだった。どこかの国の司法当局が捜査や調査を始めるという情報が流れるたびに、そういう関係者は偶発的に――しかしIBBCに都合よく――消えているのだった。
だから、クレマンはIBBCの権力を極度に恐れていた。
そこで、ベルリン中央駅で接触してきたトミーに対しても、クレマンは強い警戒心を抱いていた。というのは、ベルギーやルクセンブルクでは、IBBCは政府はもとより、司法当局・警察組織とも密接に結びついていて、IBBC内部のインフォマントに関する情報は筒抜けだという事実を知っているからだ。
初対面のトミーが信頼できるか、クレマンは迷っていた。そこで、クレマンはしばらく時間をおいてから再度連絡することにして、今回は「面通し」だけで本部に帰任することにした。
■トミーの突然死■
今回はここまで、と判断したトミーは車から降りて、ルイスが立ちつくしている場所に向かった。駅前広場を横切って大通りへと歩いた。トミーは道を挟んでルイスと向かい合った。そのとき突然、トミーは発作を起こしたように苦しみ出し、激しく嘔吐して倒れた。
ルイス・サリンジャーは激しく行き交う車の列を割って道を渡った。ところが、渡り切る直前、サイクリストを避けた拍子にトラックのミラーに接触して気を失ってしまった。
ルイスはベルリン市内の病院で治療を受けて意識を回復した。
ほぼ同じ場所で倒れたトミー・シューマーも同じ病院のなかにいるはずだということで、ルイスは探した。彼は病院側からトミーの死亡を聞き、死体安置所に行った。トミーの傍らにいる医師は、突然の心臓麻痺による死亡だと告げた。
死因に疑問を持ったルイスは、医師に手伝わせて、トミーの死体を裏返しにした。うつ伏せ姿勢にしたトミーの身体を調べると、首の後ろ側に小さな傷があった。ヤードでは優秀な犯罪捜査官だったルイスは、トミーが一瞬間苦悶して倒れ込むときの様子から、シアン化合物を注入されたのではないかと判断した。
そこで、医師にただちに警察に通報を入れさせた。
だが、警察の担当者の対応はにべもないものだった。むしろ、IBBCにたいする捜査を迷惑がっている様子だった。警察当局としてはIBBCにはかかわりたくないのだ。それで、トミーの死因調査の結果は、「シアン化ガスの注入による殺害の疑いがあるものの証拠なし」つまりは、「それ以上の調査を打ち切る」というものだった。