ザ・バンク 堕ちた巨像 目次
国際金融権力の闇
原題と実在の事件
見どころ
ベルリン中央駅前
連絡官の暗殺
クレマンの死と兵器取引
カルヴィーニ暗殺
暗殺者を追い求めて
世界企業の犯罪と個別国家の障壁
ニューヨークでの捜査
美術館での銃撃戦
復 讐 戦
されど不死身の金融組織
IBBCのモデル…
反グローバリズムの陥穽
銃撃戦の舞台はなぜ美術館…?
首都の有力銀行乗っ取り計画
BCCIの策謀の顛末
おススメのサイト
国際金融スキャンダルの闇
神の銀行家たち
ゴッドファーザー V
プロローグ

世界企業の犯罪と個別国家の障壁

  さて、くだんのカラヴィニエッリの隊長は、ルイスたちが暗殺犯追及の有力な手がかりを得たもようだという情報をただちにIBBC本部に伝えた。それを受けて、IBBCの保安部門――これはCEO=スカルセン直属の側近たちで、法務顧問のマーティン・ワイトや暗殺や盗聴などの非合法活動の責任者、ヴィルヘルム・ヴェクスラー、兵器調達専門家などからなっていた――は、ただちに会議をおこなって対策を練った。
  世界企業は、地球的規模で戦略を立てながら経営システムを組織化している。がゆえに、彼らの犯罪をも個別国家の国境・障壁を超えた視野で巧妙に組織化するのだ。
  彼らは、個別の主権国家の司法管轄権の分立=閉鎖性を巧みに利用して、犯罪捜査に対して強固な妨害=障壁を築いていた。この手口には、各国の司直組織と幹部の買収も含まれていた。

  それでも、ルイス・サリンジャーはIBBCの犯罪容疑の追及を諦めなかった。その執拗さはどこから来るのか。
  数年前、ルイスはブリテンのスコットランドヤードの経済事犯課で多国籍企業の経済犯罪を捜査するエクスパートだった。そのとき彼は、IBBCの金融犯罪を追及していた。少なくともブリテン国内の金融犯罪については証拠を集めて訴追に持ちこむ直前まで行った。
  ところが、シティの金融資本によって国家の根幹を牛耳られているブリテン中央政府(内閣直属の機関)は、サリンジャーの用意した証拠を握り潰すようにスコットランドヤード上層部に圧力をかけた。
  それでも怯まないルイスに対しては、IBBCはブリテン国内の犯罪組織を動かして、さまざまな脅迫をおこなった。
  ところが、ルイスは追及をやめなかった。ついにIBBCは犯罪組織を雇ってサリンジャーン家族を襲撃しようとした。ルイス自身は難を免れたが、妻と子どもたちは交通事故を装って殺されてしまった。
  その後、ルイスはヤードの経済事犯課を去ってICPOに出向して情報調整の専属になった。そして、IBBCの犯罪を追及するチャンスを探し続けていた。今回、IBBCニューヨーク・マンハッタン支店の脱税とマニーローンダリングの捜査は、家族虐殺の報復をするための絶好の機会だった。


  ルイスとしては、何としてもこの機会にIBBCの闇の世界を暴こうと狙っていたのだ。
  だが、個別国家単位で、言いかえれば、国民的規模=国境という枠組みの内部で自己完結する法体系と犯罪捜査の障壁は、法体系の分立=閉鎖という障壁を巧みに利用した世界企業の金融犯罪などの違法活動に対する捜査を大きく妨げていた。事情は税制でも同じで、経営組織と経営資源を世界的視野で巧みに動かす世界企業の資産や収益に対する「正当な」課税をめぐってもまた、国境の壁によって分断された各国税務当局の監視や調査は分断され、妨げられている。
  世界的規模での経営に見合った闇のルートは、個別国家の法や国際法によっては決して剔抉することはできない。
  ただしそれでも運がよければ、トランスナショナルな違法活動のごく一部分をどこかの国の法律に抵触するとして告発し、軽微な処罰を達成できるだろう。

  とりわけ金融犯罪を構成する取引きの連鎖は、必ずと言っていいほどに、カリブ海――グランドケイマン島、パナマ、バハマ――やヨーロッパのタックスヘイヴン諸国――モナコ、リーヒテンシュタイン、ルクセンブルクなど――のなかにつながっていて、そこで追及や追跡の手がかりは雲の彼方に消え去るのだ。
  ところで、租税回避を一番あからさまに繰り広げているケイマン諸島などはすべからく旧ブリテン領植民地またはブリティッシュ・コモンウェルスに属している。シティの金融資本と租税回避のメカニズムとの連動を疑うのは、私の偏見だろうか。

  現代では、多国籍資本が世界的規模で経営を組織化していることから貧富の格差や階級格差の問題が全地球的文脈で発生しているにもかかわらず、国境を超えたレヴェルでの社会政策は、個別国家の主権という壁によって分断され妨げられている。人類の福祉にとって決定的に重要な問題が、個別国家の主権という分断構造によってアポリアとなっているわけだ。政治的には人類は恐ろしく愚かな存在だと言える。

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